舞台は第二次世界大戦の終戦間近のドイツのとある地域。
そこで行われる、少年少女達の反ナチ運動?を描いた作品です。
戦争という国の事業に巻き込まれる国民達。
戦争前と戦争後に態度を変える大人たちや、正しさとは、生き抜くとはどういうことなのかを考えさせられる作品だったなと思いました。
まず、この話を戦時中のドイツだけの話としてだけでは捉えられない、現在の話でもあるということを感じたことは伝えたいなと思いました。
ドイツといえば、真っ先に思い当たるのは、おそらくユダヤ人への迫害だとは思いますが、それだけじゃなかったというのは本作を通して改めて知りました。
例えば、反体制への取締、同性愛者への迫害、反戦争や思想の取締。
こういうことすべてが戦争という大義名分を掲げられて行われているという点があげられるわけですが、戦争が終わってもう80年以上も経つというのに、いまだにLGBTの婚姻の自由やその扱いは議論されているし、思想だって多数の他人と違えば仲間はずれにされる、共産主義を掲げれば、あの人大丈夫?という目で見られたりもするわけです。
結局、戦争というものが行われていようが行われてなかろうが、今の人々の考え方は変わらないんだろうなと思いました。
そして、これはドイツだけの話でもないということだなと。読んでいたら、日本だってこうだったと聞いていたし、最近読んだ『楽園の犬』もまさにこういうことやってやんと思いました。
そして、反戦、反体制を掲げた人は、戦争に負けて戦後優遇されるのか?といえばそうでもないという点や、何なら陰ながらであろうとも今の自分の国がおかしいと思って戦った人は時間とともに埋もれてしまう。
確かに、私も戦争で特攻して犠牲になったという話は聞いても、反戦活動で弾圧された人やその活動によって命を救ったという話は聞いたことがあまりないなと思いました。
私の知識でも、日本史で学習した時は日露戦争くらいかな?太平洋戦争でも、出てくる名前は極わずかですし、まして、その活動で救われたという話はほぼ聞いたことがないなと。
そして、言い方は悪いですが、戦前と戦後にうまく生き延びた人々が今の私達の基礎となっていてるという事実が浮かび上がってくるというお話。
実は、戦前は表向きには帝国主義でお国のためという思想で、戦わない人、反戦活動をする人を非国民と罵っていたにも関わらず、戦争に負けてコロッと生き方や考え方を変えた人々が私達のルーツなんだということだなと改めて思う作品だなと思いました。
ただ、じゃあ私が当時その世界に生きていて、反戦活動なんかできたかと思えば、そうではない。
結局、平穏に生きたいとだけを願い、周りに同調していたんだろうなと容易に想像がつきます。
でも、せめて、その時、勇敢に自分を曲げずに生きていた人達がいたからこそ今があるんだと思うと、称えたい。
そんな気持ちになる作品でした。
そんなことを書きましたが、ところどころ本作品は場面がとぶイメージで正直読みづらい面もありましたが、感想としては、上記のようなものになりました。
今もエーデルヴァイスは密かに咲いているかもしれませんね。
※ブクログに掲載した感想を転載しております。
前半を読んでいて、退屈間や、集中力が続かず急に場面が変わるような錯覚に陥り、読むのは苦戦しましたが、考えさせられる作品。
あなたは海賊になるのか、海賊を歌えるのか、あるいは歌わないのか。
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