昨日は甲子園の選抜準々決勝4試合をテレビで堪能した。
結果、浦和学院ー近江、国学院久我山ー大阪桐蔭と東西対決
の準決勝となった。
準々決勝4試合中3試合でホームランが決め手となった。
特に大阪桐蔭の1試合6本のホームランは、4校中頭抜けた
破壊力と言っていいだろう。
浦和の森大(モリダイ)新監督も「超攻撃型野球」を掲げる。
その通りここまでの3試合とも中軸の長打攻勢で勝ち進んだ。
九年ぶりの全国制覇に期待したい。
日光街道ウォークは小山宿へと向かう。小山と言えば、
「♪おやまゆーえんち」のコマーシャルソングを思い出す。
観覧車などがある大きな遊園地だったが、スポンサーの
ダイエーの衰退とともに十数年前に閉園した。
小山市街に向かう分岐点、困ったことに歩行者用の信号
がなく、「歩行者、自転車に注意」の看板だけ。まさに
車優先社会の典型である。
左に逸れて行く国道4号(旧バイパス)の車の隙を狙って
渡るしかない。幸い国道4号の本線(新バイパス)が数キロ
東を通っているので、小山市街へ真っ直ぐ向かう日光街道
(県道)に比べ、ここの4号の車は少ない。
その県道を進むと「神鳥谷」と書いて「ひととのや」の
バス停、これは知らないと読めない。由来は鵐・巫鳥の
シトト(シトド)。巫女が神に仕えるから神鳥、それに谷
が付くと神鳥谷でシトトノヤ、これがいつかヒトトノヤ。
お、日精樹脂工業。長野県坂城町が本社の機械メーカーで
プラスチック射出成形機では世界一の生産台数を誇る会社。
現役時代に、しなの鉄道「テクノ坂城」駅の近くの本社工場
に購入機械の試運転でお邪魔したことがある。
そうか、ここ栃木には自動車の工場が多く、プラスチック
部品の下請工場も多い。営業所があるはずである。
小山宿まであと1キロほどのところで国道50号線を潜る。
その50号は東北新幹線を潜る。
この先で一気に街の雰囲気となる。小山は宇都宮に次ぐ
栃木県第二の都市。
「株式会社小山製材木材」と書かれる古い商家。
煉瓦造りの煙突は酒蔵か醸造所か、地図には出ていない。
左手奥の須賀神社は、平安時代に京都の八坂神社から勧請
され、徳川家康がこの境内であの「小山評定」を開き、上杉
討伐から関ヶ原に転戦したと言われる。
この一帯の総鎮守らしく重厚な造りである。
楼門には大きな白木の神様が一対座る、これは珍しい。
街道に戻ると小山宿の中心部。明治天皇行在所碑の隣りが
脇本陣跡の陶器・金物店というが面影は全く無し。
少し先の常陽銀行が問屋場跡、その向かいが本陣跡という。
これも一切面影はなし。大きな街では歴史的遺構は残り難い
典型である。
小山城址などは次回、新田宿に向かう途中として小山駅に
向かう。駅入口の交差点近くの「まちの駅四季彩館」を覗き、
地ビール「オヤマエール」で今日の打ち上げでもと思ったが、
食事処の営業は昼食時だけという「愛想なさ」。
駅ビルの食事処に「なまず」の天ぷらを見つけ生ビールの
アテにする。結果オーライ、まん延防止措置解除、万歳!。