「父さんへ
ごめん、素直になれなくて。せっかく来てくれるって言ったのに来るな、
なんてバカだよ俺。昨日あんなこと言ったにも関わらず、
父さんの姿をさがしちゃったよ。うんと、父さんのこと傷つけたよね。
もし戻れる瞬間があるなら、俺はあのときに戻って胸張って来てくれって言うよ。」
道路の脇に積もっていた雪も解け始め、新たな芽が顔を出し始める。
3年間の通いなれた道も、今日で最後となる。迎えた15の春。
はじめはブカブカだった制服も、今では少し小さく見え、
ズボンの裾をわざと伸ばしているために、擦り切れていたりする。
春の日差しに比べて、外の空気はなんとなくまだ肌寒い。
「いってきます。」
いつもと同じように大きな声で家を後にする、
今日は大地の中学校の卒業式でもある。桜の木につぼみもつきはじめた。
「はーい、じゃあ静かに。これから入場するから、しっかりな。
これがみんなでやる行事のラストだから、ビシッといくぞ。」
たぶん生徒の僕らより先生のほうが緊張していた。
中学に入って先輩・後輩の上下関係などはっきりした。
勉強も小学校に比べると進度が速く、テストでは友達と順位を競ったりもした。
学校の備品を壊して、色んな先生に怒られたりもした。
色んな思い出が詰まったこの学校とも今日でお別れになってしまう。
見慣れた体育館も今日でお別れだ。練習であれほど長いと思っていた、
一人ひとりに手渡される卒業証書授与も、あっという間の時間だった。
何かを考えていたというわけではない、
ただ蛇口をひねるように水がさらさらとながれていく。
なんだろう、言葉に出来ない体育館を流れる空気。卒業生、在
校生、保護者、学校の先生、いつもと変わらぬようで、何かが違う。
「大地、次だな。」
隣の石田が声をかけて、ふと気を取り直した。
大地は卒業式で記念品をもらう代表生徒になっていた。
水泳部での活躍、大会での成績が認められてだった。
1年で3位をとった大地は、部活の練習によりいっそう一生懸命となり、
3年では部のキャプテンとして、頑張った。
そんな頑張りに結果もついてきて、県大会でも平泳ぎ、
メドレーリレー3位入賞を獲得した。卒業証書授与が終わると、
次は記念品授与だった。
「卒業生記念品授与。卒業生代表、3年C組 上野 大地。」
「はい。」
体育館に響く気持ちのいい返事。
大地は肩に力が入りながらもゆっくりと歩き来賓、
先生方へと礼をし、壇上に上る。
みんなの視線が大地に注がれる。緊張はあったが、
普段通りに大地は役をこなした。
卒業式が終わると、それぞれの教室に戻り最後のホームルームが行われた。
最後は保護者も入っての教室で1人1人に卒業証書が手渡された。
掃除時間に、俺は絶対泣かないからと言っていた友達は、
先生から証書を渡されると、熱い思いがこみあげてきたのだろう、
泣いていた。順番が大地に近づいてくれる。
大地の名前が呼ばれ前にでていって先生から卒業証書をもらう。
「大地、高校でもお前らしく頑張れ」
先生との握手は最初で最後だったが、その手には思いが伝わった。
自分の机に戻ろうとして後ろの保護者を見渡した。
授業参観なら、母親でいっぱいだが、今日は卒業式。
父親の姿も少なくはなかった。歩幅を狭めてゆっくりと歩く。
母の詩織の姿を見つける、しかし後ろの保護者の中に父の姿は見当たらなかった。
「父さん、来てないのか・・・俺が悪いんだ。」
そっと心の中でつぶやき、昨日の夕食での出来事を思い出した。
「ただいま、大地、明日卒業式だな。」
帰ってくるなり、いつもより弾んだ声で哲が言った。
「お父さん、もうすぐ夕食出来るから、待ってて。
それにしても、ほんと中学校の3年って早いわね。
小学校の6年とは全然違うもんね。」
母が玄関で言うなり、キッチンへと足早に戻っていた。
リビングにいた大地はテレビを見ていた。
リビングに飾ってある卒業式の日には赤丸がついている。
普段着に着替えた哲がリビングにやってきて、新聞を手に取った。
大地が特に哲に向かっていったというわけでなく、
思っていることを口に出した。
「昨日がはじめて制服着た感じもするくらい早かったな。
慣れない1年の頃は部活を終えるとクタクタだったし、
3年は1番早く感じたな。」
新聞を半分に折って哲が顔を覗かせ、大地に話しかけた。
「小学校の頃なんか大地は俺の肩くらいしか背丈がなかったんだよな。
それが今はもう俺より大きくなったもんだ。
そういうの成長を感じるよ、親としてはね。」
「明日さ、代表で記念品もらうんだよね。すごいしょ。」
「ほ~、そりゃまたすごいな、大地。緊張して階段転んだらダメだからな。」
冗談交じりに哲が言う。キッチンからは母の夕飯の合図の声が聞こえてきた。
ついていたテレビを消して、キッチンへと向かった。
3人で様々な中学校の思い出を振り返った。
合唱コンクールや修学旅行のお土産など。
ついつい試食してしまうと、押しの強い店員さんに負けて、
3人で食べきれないほど食料のお土産を大地は修学旅行で買ってきてしまい、
ご近所を呼んでお菓子パーティーを開いたりしたなど。
話題もつきてきたところに、哲が何かを決心したかの顔で
「明日、有給休暇で仕事休んだから。」
母の詩織は前から知っているようで、微笑んでいた。
驚いたのは大地のほうだった。哲は前から、
行事に参加する父親じゃなかった。
たまに大会に応援に来てくれるものの、
わざわざ体験した出来事を詩織から、
哲に話すといった感じであった。とっさの出来事に大地は困惑してしまった。
「別にわざわざ卒業式のために仕事休む必要なんかないよ。」
「でもなぁ・・・ほら、大地、明日代表でもらうしな。」
哲は恥ずかしそうに言っていた。
今思うとなんでだか、わからない、でも知らぬ間に大地の口から言っていた。
「来なくていいから。卒業式なんか特別でもなんでもないよ。
ほんとに来なくていいから。」
強い口調だった。来て欲しくない理由なんかない。
まして自分の息子が代表で出るとするなら、
親は誇りに思うだろう。ほんとは来て欲しい。
でも素直になれなかった・・父さん譲りの不器用で。
結局ひとことのゴメンも言わずその日は過ぎてしまった。
卒業証書を持って通いなれた道を友達と帰る。
帰ったら父さんに謝ろう。
そして自分が今日代表として胸張って
うまくやれたことを言おう・・そう大地は決意していた。
次第に自分の家へと近づくにつれて心臓の音が聞こえてくる。
「ただいま。」
いつもと変わらぬ声で精一杯言った。
すると入ると同時にクラッカーが鳴った。
「大地、卒業おめでとう。俺にも卒業証書見せてくれないか。」
いつもの明るい父さんの姿があった。
そっとケースからとりだして広げて渡そうとした時に言おうと思った。
「父さん、ゴメン。つまんない意地はって。
俺の姿、父さんに1番見せたかったんだよ。」
広げて渡そうとしたとき、出てきたのは声ではなかった。
瞳から大粒の涙が零れ落ちた。
「大地、ここで泣くなよ。普通はみんなの前で泣いてくるんだぞ。」
今では大きくなった大地の姿が、急に小さくなった。
そこには小さな子供の頃に感じた大きな父の姿があった。
ごめん、素直になれなくて。せっかく来てくれるって言ったのに来るな、
なんてバカだよ俺。昨日あんなこと言ったにも関わらず、
父さんの姿をさがしちゃったよ。うんと、父さんのこと傷つけたよね。
もし戻れる瞬間があるなら、俺はあのときに戻って胸張って来てくれって言うよ。」
道路の脇に積もっていた雪も解け始め、新たな芽が顔を出し始める。
3年間の通いなれた道も、今日で最後となる。迎えた15の春。
はじめはブカブカだった制服も、今では少し小さく見え、
ズボンの裾をわざと伸ばしているために、擦り切れていたりする。
春の日差しに比べて、外の空気はなんとなくまだ肌寒い。
「いってきます。」
いつもと同じように大きな声で家を後にする、
今日は大地の中学校の卒業式でもある。桜の木につぼみもつきはじめた。
「はーい、じゃあ静かに。これから入場するから、しっかりな。
これがみんなでやる行事のラストだから、ビシッといくぞ。」
たぶん生徒の僕らより先生のほうが緊張していた。
中学に入って先輩・後輩の上下関係などはっきりした。
勉強も小学校に比べると進度が速く、テストでは友達と順位を競ったりもした。
学校の備品を壊して、色んな先生に怒られたりもした。
色んな思い出が詰まったこの学校とも今日でお別れになってしまう。
見慣れた体育館も今日でお別れだ。練習であれほど長いと思っていた、
一人ひとりに手渡される卒業証書授与も、あっという間の時間だった。
何かを考えていたというわけではない、
ただ蛇口をひねるように水がさらさらとながれていく。
なんだろう、言葉に出来ない体育館を流れる空気。卒業生、在
校生、保護者、学校の先生、いつもと変わらぬようで、何かが違う。
「大地、次だな。」
隣の石田が声をかけて、ふと気を取り直した。
大地は卒業式で記念品をもらう代表生徒になっていた。
水泳部での活躍、大会での成績が認められてだった。
1年で3位をとった大地は、部活の練習によりいっそう一生懸命となり、
3年では部のキャプテンとして、頑張った。
そんな頑張りに結果もついてきて、県大会でも平泳ぎ、
メドレーリレー3位入賞を獲得した。卒業証書授与が終わると、
次は記念品授与だった。
「卒業生記念品授与。卒業生代表、3年C組 上野 大地。」
「はい。」
体育館に響く気持ちのいい返事。
大地は肩に力が入りながらもゆっくりと歩き来賓、
先生方へと礼をし、壇上に上る。
みんなの視線が大地に注がれる。緊張はあったが、
普段通りに大地は役をこなした。
卒業式が終わると、それぞれの教室に戻り最後のホームルームが行われた。
最後は保護者も入っての教室で1人1人に卒業証書が手渡された。
掃除時間に、俺は絶対泣かないからと言っていた友達は、
先生から証書を渡されると、熱い思いがこみあげてきたのだろう、
泣いていた。順番が大地に近づいてくれる。
大地の名前が呼ばれ前にでていって先生から卒業証書をもらう。
「大地、高校でもお前らしく頑張れ」
先生との握手は最初で最後だったが、その手には思いが伝わった。
自分の机に戻ろうとして後ろの保護者を見渡した。
授業参観なら、母親でいっぱいだが、今日は卒業式。
父親の姿も少なくはなかった。歩幅を狭めてゆっくりと歩く。
母の詩織の姿を見つける、しかし後ろの保護者の中に父の姿は見当たらなかった。
「父さん、来てないのか・・・俺が悪いんだ。」
そっと心の中でつぶやき、昨日の夕食での出来事を思い出した。
「ただいま、大地、明日卒業式だな。」
帰ってくるなり、いつもより弾んだ声で哲が言った。
「お父さん、もうすぐ夕食出来るから、待ってて。
それにしても、ほんと中学校の3年って早いわね。
小学校の6年とは全然違うもんね。」
母が玄関で言うなり、キッチンへと足早に戻っていた。
リビングにいた大地はテレビを見ていた。
リビングに飾ってある卒業式の日には赤丸がついている。
普段着に着替えた哲がリビングにやってきて、新聞を手に取った。
大地が特に哲に向かっていったというわけでなく、
思っていることを口に出した。
「昨日がはじめて制服着た感じもするくらい早かったな。
慣れない1年の頃は部活を終えるとクタクタだったし、
3年は1番早く感じたな。」
新聞を半分に折って哲が顔を覗かせ、大地に話しかけた。
「小学校の頃なんか大地は俺の肩くらいしか背丈がなかったんだよな。
それが今はもう俺より大きくなったもんだ。
そういうの成長を感じるよ、親としてはね。」
「明日さ、代表で記念品もらうんだよね。すごいしょ。」
「ほ~、そりゃまたすごいな、大地。緊張して階段転んだらダメだからな。」
冗談交じりに哲が言う。キッチンからは母の夕飯の合図の声が聞こえてきた。
ついていたテレビを消して、キッチンへと向かった。
3人で様々な中学校の思い出を振り返った。
合唱コンクールや修学旅行のお土産など。
ついつい試食してしまうと、押しの強い店員さんに負けて、
3人で食べきれないほど食料のお土産を大地は修学旅行で買ってきてしまい、
ご近所を呼んでお菓子パーティーを開いたりしたなど。
話題もつきてきたところに、哲が何かを決心したかの顔で
「明日、有給休暇で仕事休んだから。」
母の詩織は前から知っているようで、微笑んでいた。
驚いたのは大地のほうだった。哲は前から、
行事に参加する父親じゃなかった。
たまに大会に応援に来てくれるものの、
わざわざ体験した出来事を詩織から、
哲に話すといった感じであった。とっさの出来事に大地は困惑してしまった。
「別にわざわざ卒業式のために仕事休む必要なんかないよ。」
「でもなぁ・・・ほら、大地、明日代表でもらうしな。」
哲は恥ずかしそうに言っていた。
今思うとなんでだか、わからない、でも知らぬ間に大地の口から言っていた。
「来なくていいから。卒業式なんか特別でもなんでもないよ。
ほんとに来なくていいから。」
強い口調だった。来て欲しくない理由なんかない。
まして自分の息子が代表で出るとするなら、
親は誇りに思うだろう。ほんとは来て欲しい。
でも素直になれなかった・・父さん譲りの不器用で。
結局ひとことのゴメンも言わずその日は過ぎてしまった。
卒業証書を持って通いなれた道を友達と帰る。
帰ったら父さんに謝ろう。
そして自分が今日代表として胸張って
うまくやれたことを言おう・・そう大地は決意していた。
次第に自分の家へと近づくにつれて心臓の音が聞こえてくる。
「ただいま。」
いつもと変わらぬ声で精一杯言った。
すると入ると同時にクラッカーが鳴った。
「大地、卒業おめでとう。俺にも卒業証書見せてくれないか。」
いつもの明るい父さんの姿があった。
そっとケースからとりだして広げて渡そうとした時に言おうと思った。
「父さん、ゴメン。つまんない意地はって。
俺の姿、父さんに1番見せたかったんだよ。」
広げて渡そうとしたとき、出てきたのは声ではなかった。
瞳から大粒の涙が零れ落ちた。
「大地、ここで泣くなよ。普通はみんなの前で泣いてくるんだぞ。」
今では大きくなった大地の姿が、急に小さくなった。
そこには小さな子供の頃に感じた大きな父の姿があった。
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