気の向くままに junne

不本意な時代の流れに迎合せず、
都合に合わせて阿らない生き方を善しとし
その様な人生を追及しています

(’77)5月19日(木) #1 フィービー・アルバトロス

2023年06月27日 | 日記・エッセイ・コラム
*フィービー・アルバトロスとは、アルバトロスと云う喫茶店で聴いたフィービー・スノウという歌手の名を勝手に組み合わせたもの。

何かが待っている…こう思うのは、もはや予感と呼ぶには程遠いものにさえ感じられる。もしもそれ以上のものが在り得るのだとすれば、未だ見ぬ自然界に在っての、全く予期せぬ心的動向だろう…。
昔々、高校一年も終ろうとする二月の初め、或る友達の家で書き上げた「メリー・ゴーラウンド」と云う歌が、これから先の日々を恰も暗示しているかの様にこの頭の中に甦り、汚れを知らぬ純粋素朴な子供心のそれらしく胸を弾ませている。傍目のみならず自分でもしっかりと確認出来る程に。

「しばらく西表に行ってくるね」
と、泉屋のみんなに言い残し、午前十時の竹富丸はいつもの時間通りに十分程で石垣の波止場に着いた。毎度の事ながら瀬戸商店の周りには、日焼けした顔にボロ雑巾を纏った様な出で立ちの若者やら、今着いたばかりだとすぐにも判る服装をした旅行者が所狭しと屯し、離島行きの船の時間待ちをしていたり、仲間との待ち合わせをしている。どの顔を見ても、これがあの「都会(内地)」の人間の顔かと思ってしまう程清々しい顔をしている。そして明美はその中から私を迎えてくれた。海洋博以来、この石垣で懇意にしているお気に入りの店「アルバトロス」に入ったのは午前十時三十分だった。
初めての西表行き。船の時間も何も分からなかった事が、このアルバトロスでステキな時空の淀みを与えてくれた。西表は西部の舟浦へ行く「第三住吉丸」に乗船するつもりでいたのだけれど、午前九時の出航には完全に遅れ、東部の大原へ行く「大原丸」に乗る事になった。出航は午後三時三十分。そんな長い船待ちの時間を、刻々と変化してゆく外窓の海を見ながら、和みの空間に心を満たしていた。眩い程の陽光が窓から注がれ、程良く冷えた冷珈琲が国境も戦争も無い平和な世界を感じさせていた。ここはまるで台風の目と言えるかも知れない。乱れた世界をよそに平穏な時空が漂っている。
軽い食事を済ませた頃だった。
「ウワー、ステキ。フイビー・スノウじゃない、これ!」
いきなり明美が言い出した。
「えっ、なに、これがフイビー・スノウなの?」
フイビー・スノウ…何度か音楽の資料の中に出て来た黒人女性歌手の名前で、たまには聴いた事があったけれど、名前と本人が一致したのはこの時が初めてだった。私のお気に入りのアルバトロスを明美が好きになって、明美の好きなフイビー・スノウを聴いて私がフアンになる…。長い人生からすればほんの一瞬の出来事だけれども、これも心の通い合う一つの状況として味わいの有るものだ。
ここは波止場のビルの三階。数多くの船が停泊しているのが見える。「大原丸」を初めとして数隻の船が午後の日溜まりの中でそれぞれの行く先への出港待ちの為、潮風を浴びながら降り注ぐ陽光を浴びている。そしてフィービー・スノウを聴きながら、いつの間にか明美は転た寝、夢の世界。盆地育ちの明美には全てが初めての事。昨日も今日もそして明日からの日々も…。もったいない様な気もするけれど、まだ先は長いのでそのまま時間の来る迄寝かせておきたくなった。他に客もいなかつたので店の人に頼んでおいた。
「このままフィービー・スノウのレコードをかけ続けておいて下さい…」
って。この八重山で竹富が、竹富では泉屋がそうである様に、このアルバトロスもまた不思議と心の休まる所である。もしも石垣に来て時間に余裕が有れば、このアルバトロスに足を踏み入れてみるのもいいだろう。私が心から気に入った所は、それを紹介した殆どの人達が同様に気に入ってくれている。

ほんの暫らくの間、市場通りの文房具屋迄走って行き、小さなノートとボールペンを買って来た。そして一篇の詞「潮風の悪戯」を書き上げ、これから書こうとする詞の大意やら題名を書き留めておいた。健やかな百万ドルの寝顔を見ながら…。

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