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世界史における中国と日本(宮﨑市定全集22)を読んで考えたこと。①

2023-01-01 10:55:47 | 日記

世界史における中国と日本(宮﨑市定全集22)を読んで考えたこと。①

 陳舜臣さんの中国史(これは人物を中心にして記述してあるからだけど)を読むと唐も宋も明(唯一元だけが色合いが違う)もみな同じように栄えて同じように衰退していったように見えるけど、この一文を読むと宋の時代がそのほかとは全く異なる時代であったとある。第一に4大発明がなされた。4つとは普通言われる火薬羅針盤印刷に加えて磁器の製作があげられている。しかも磁器が第一番に取り上げられている。

 陶器と磁器ではご飯を食べるときの器としてなら同じじゃないか。よそったご飯の味が変わるわけでもないのになにをそんなに書き立てるほどのことがあるものかと思うが、磁器を焼く時の火加減の技術が違うだけで売れ行きが全く違ったらしい。磁器はアラブの王様には宝石のように珍重され高値で売れたようだ。なるほどもとは土と顔料であるのにそれが宝石並みの値段になるんだったら大儲け間違いない。

 あろうことかアラブの王様は高値で買った磁器の器で御飯を食べたのではなく、磁器の器を壁いっぱいに懸け、壺は専用の台の上に並べてお客に見せびらかすために用いたという。金持ちの見せびらかしの消費のお手伝いをすることがこっち側が儲かるポイントである。ちょうどひと昔前の外車や宝飾品を扱うようなものだろう。もっとも、アラブの王様の磁器を見せられる側は、通行税を払わされる側の商人であった可能性が高い。こんなものを見せられながらご馳走でもてなされると、通行税を値切ろうという気が失せてしまうからそこを狙った演出かもしれない。

 さらには当時の創設になる朱子学はかなり進んだ哲学であってのちのヨーロッパで高く評価されたと書かれている。これは朱子学を知らないから何とも言えない。しかしのちの世で我が国の昌平黌で教えた先生は「日朱夜王」とか言って日のあるうちは朱子学で行くけど夜になるとそれはあほらしいから王陽明の陽明学で行くと宣言されているから日本ではあんまり高く評価されない学問であったようだ。これも陽明学を知らないから何とも言えない。ただ別の先生は、「役所にあるときはしょうがないから朱子学で行くが、家に帰ったら老荘で行く。」と言ったという。老荘なら少しはなじみがあって怠け者には嬉しい言葉である。どうも朱子学は日本では受け入れられなかったようだ。

 ということで私には、磁器も朱子学も値打ちが分からないがそのほかの3つは値打ちが分かる。ではその発明はなぜ宋の時代におこったのかというと、コークスの利用であると市定さんはおっしゃる。コークスを使うようになると磁器の製造もさることながら、鉄の生産が増えるからそれに従って食べるものやそれ以外のものの製造が楽になる。余った時間を発明などの工夫に向けるからというのであろう。ならば三大発明よりコークスを発明した人にもっと栄誉をあげたらどうなんだと言いたくなる。

 さらにここでこう思った。コークスの利用で中国の料理が今のおいしいものになったという。わたくしの思うところでは、おいしいものを食べると頭の働きが良くなって発明や難しい哲理の創造もできるようになる。磁器の火加減を発明した人も朱子さんもきっとおいしい料理を食べていたに相違ない。現にさすがにコークスで調理した料理には当たらなかったとは思うが、孔子さんはやたらに食べ物の調理にうるさいヒトであったという。