本の感想

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新訂 福翁自伝(岩波文庫版)④日本の資本主義は武士道が作った。

2023-04-03 13:49:34 | 日記

新訂 福翁自伝(岩波文庫版)④日本の資本主義は武士道が作った。

 自伝の「一身一家経済の由来」の項目には、多分ご母堂がそうであったのであろうお金の貸し借りや支払いに関して大変厳格な道徳をお持ちであったことが伺える。江戸ではなく地方の武家の家であるから、当然そうなったであろうと推察される。大阪で生まれて中津に帰ってまた大阪の適塾で勉強したとしても、この厳格な道徳は変わらずだったようだ。

 この項目を読んでこう思った。日本に資本主義の種が落ちてそれが育って行ったのは、大阪商人の商業道徳または石田梅岩の石門心学のおかげであるといままで思っていたがどうも武士道の金銭に対する考え方の影響の方がはるかに大きいのではないかと思う。日本の資本主義の黎明期には福翁の感化が極めて大きかったと考えられるからである。福翁は武士の社会が大嫌いであったが武士の精神を後世に残す働きをしたとみられる。結果から見るとご本人には気の毒なことである。

 講義の中で繰り返し厳格な金銭に対する姿勢を説いたはずである。それを聞いた弟子はその心掛けで金銭を扱いながら会社を大きくしていったのであるから日本の資本主義は福翁一人が作ったようなものであったのではないか。(渋沢栄一はどういう立ち位置かはもう少し考えないといけないような気がするし他にも人がいたかもしれない)

 思えば多分地中海地方で発明された資本主義の原理と簿記会計の手法は、イギリスやドイツさらにアメリカに移るとその地の伝統的な思考傾向を融合してその色合いを変えてきた。あたかも仏教が伝来するにしたがってその地の伝統に従って色合いを変えて様々な流派が生まれたのと同じであろう。資本主義の精神が我が日本に上陸したときは、武士道と融合したのではないかとこの本を読んで推察するのである。

 これから中国の資本主義がなにと融合するかは見ものである。イギリスのように船に乗って儲けるとかアメリカのように西へ進んでいって儲けるという思想がない。その代わりに史記の貨殖列伝の儲け方がある。関羽のように塩の密売で儲けるというのはもう通用しないだろうが、努力だけではない思いつき(奇策)によって儲ける話が史記のなかにいっぱい出てくる。中国の資本主義は多分これと融合するだろう。(今の日本の資本主義は努力と固く固く融合している。)

 ちなみに私は、史記の中にある「節倹、勤勉、奇策」という言葉が大好きでこれを印刷した言葉を額に入れ毎日夜眺めている。節倹は十分したが勤勉は面倒であまりしないし奇策に至ってはどうもアイデアが湧かないまま今日に至っている。しかしこんなこと言っていては、福翁に一喝されてしまいそうである。なにしろこの人武士道にその淵源がある。


新訂 福翁自伝(岩波文庫版)③面白さは語り口にあって、語り口が福翁の生き方を決めてないか。

2023-04-01 15:53:00 | 日記

新訂 福翁自伝(岩波文庫版)③面白さは語り口にあって、語り口が福翁の生き方を決めてないか。

 渋沢栄一の雨夜譚や高橋是清の自伝もそうですが、語り口の面白さに特色があります。時代が少し下って益田鈍翁自伝になると少し語り口の面白さは減りますが、それでも現在出版の新書などの本に比べると面白い表現が随所に見られます。なぜ現在出版されている本はああまで真面目な表現をするのか。(面白おかしく書くと売れないとでも思っているのか。)夏目漱石の文章にも諧謔の味わいもあれば例えの巧妙さがあったのに、なぜそれが全く失われてしまったのか。

 真面目であることを至上命題にして遅れた産業革命を成し遂げようとした明治新政府の方針により江戸戯作作家の伝統が完全に途絶えたと思わざるを得ない。江戸の庶民はかなり豊かな言語を駆使して人生を楽しんでいたのではないか。我々は江戸時代真っ暗闇史観に毒されていないか。(戦前真っ暗闇史観というのもあるらしいけど)

 語り口は、落語調の時もあれば講談調の時もある。福翁は英語やオランダ語の勉強ばかりしていたのではなく落語や講談もお聞きになったと見える。例えば「専ら旗艦を狙うて命中するものも多いその中に、大きな丸い破裂弾が旨く発してけが人ができた中に、司令官とカピテンと……」といった具合になかなかの名調子である。私は言葉の調子はその人の生き方と深い深いかかわりがあると思っている。落語調の時は、堅苦しいこと言わないでまあ人生楽しみましょうやという生き方、講談調の時は調子に乗ってそれどんどん行けという生き方。真面目な論文調の時は課長部長社長など上司の言うことをよく聞いて間違いのない仕事をしようと言うとき。(今はこのタイプの文章ばかりがはびこっている。それで仕事がきついの人生つまらないのと愚痴を述べ立てている。)福翁は前二者が交互に現れているのである。決して真面目な論文調ではない。人生を楽しみかつ調子に乗ってどんどんやっていくときもあってそれで結果として巨大な教育組織を作った。実に幸せな人生であったように見受けられる。

 決して精密に目標を立てて倦まず怠らず(これ文科省の好きそうな文言)目標に向かって努力するというものではない。かなり行き当たりばったりだけど筋は通していたら自然とこうなった。これがこの本から得た教訓です。文科省がマルを付けるような作文を書いていると人生が衰えてくるんじゃなかろうか。個々の人生が衰えると国のGDPも衰えそうな気がする。