説話 3(怨みと恩義)
さて前回まで、食べ物を与えられなかった怨みについてのお話を二つさせていただきましたが、これほど怨みを抱かせる食べ物ですので、逆に与えられたことにより、恩義を強く感じて、それに報いようとするお話もございます。次のお話は、そんな怨みと恩義との両方を味わった人のお話でございます。年代はよく分かりませんが、北方の辺境の地に、中山という國がございました。ある時中山の君主が上級の家臣を集めて宴会を催し、羊の汁物を皆に与えたのでございますが、全員に行き渡らず、一人司馬子期だけが与りませんでした。之に怒った司馬子期は、楚の國へ逃亡し、楚王に謁見を求めて、中山國を伐つことを具申したのでございます。楚はこの意見を採用して、中山國を討伐し、大いに打ち破りました。中山國の君主は命からがら単身で、城を棄てて逃亡したのでございます。必死に逃げて、ふと後ろを振り返ると、武器をひっさげてついてくる士が二人居りました。振り返ってその二人をよく見ると、自分の家臣ではありません。君主は足を止めて、二人に言いました、「お前たちはいったいどこの誰なのか。」二人は答えました、「私たちの父は既にこの世を去っておりますが、亡くなる寸前に、父は私たちに言いました、『わしは、嘗て山で道に迷い食べ物も尽きて、動くことも出来ずに、死を待つばかりであった。そんな時中山の君主が通りかかって、わしに食物を与えてくださった。そのおかげでわしは今日まで生きながらえることが出来た。わしは今この世を去ろうとしている。わしが死んだ後、もし中山國が苦境に陥ったら、お前たちは命を投げ出して中山の為に働け。』私達はこの父の言葉に従って、主をお助けする為に駆けつけたのでございます。」中山の君主は天を仰ぎ歎息して言いました、「人に物を与えて感謝されるのは、与えたものの多少によるのではなく、その人がどれだけ苦境にさらされているかによるものであり、人から怨みをかうのも、怨みの深浅ではなく、どれだけ相手の心を傷つけたかによるものだ。わしは一杯の羊の汁物で國を失い、お椀一杯の飯で、誠の士を二人も得ることが出来た。」こうして中山國の君主は食べ物の怨みと感謝の二つを経験したのでございます。人に怨みをかうのは、怨みの深浅でなく、どれだけ相手の心を傷つけたかにより、物を与えて感謝されるのは、与えた物の多少によるので無く、その時どれだけ苦境に立たされていたかによると言う中山國の君主の言葉は、誠に社会生活を送る上に於いて、心に止めておきたい言葉ではございませんでしょうか。
おわり
さて前回まで、食べ物を与えられなかった怨みについてのお話を二つさせていただきましたが、これほど怨みを抱かせる食べ物ですので、逆に与えられたことにより、恩義を強く感じて、それに報いようとするお話もございます。次のお話は、そんな怨みと恩義との両方を味わった人のお話でございます。年代はよく分かりませんが、北方の辺境の地に、中山という國がございました。ある時中山の君主が上級の家臣を集めて宴会を催し、羊の汁物を皆に与えたのでございますが、全員に行き渡らず、一人司馬子期だけが与りませんでした。之に怒った司馬子期は、楚の國へ逃亡し、楚王に謁見を求めて、中山國を伐つことを具申したのでございます。楚はこの意見を採用して、中山國を討伐し、大いに打ち破りました。中山國の君主は命からがら単身で、城を棄てて逃亡したのでございます。必死に逃げて、ふと後ろを振り返ると、武器をひっさげてついてくる士が二人居りました。振り返ってその二人をよく見ると、自分の家臣ではありません。君主は足を止めて、二人に言いました、「お前たちはいったいどこの誰なのか。」二人は答えました、「私たちの父は既にこの世を去っておりますが、亡くなる寸前に、父は私たちに言いました、『わしは、嘗て山で道に迷い食べ物も尽きて、動くことも出来ずに、死を待つばかりであった。そんな時中山の君主が通りかかって、わしに食物を与えてくださった。そのおかげでわしは今日まで生きながらえることが出来た。わしは今この世を去ろうとしている。わしが死んだ後、もし中山國が苦境に陥ったら、お前たちは命を投げ出して中山の為に働け。』私達はこの父の言葉に従って、主をお助けする為に駆けつけたのでございます。」中山の君主は天を仰ぎ歎息して言いました、「人に物を与えて感謝されるのは、与えたものの多少によるのではなく、その人がどれだけ苦境にさらされているかによるものであり、人から怨みをかうのも、怨みの深浅ではなく、どれだけ相手の心を傷つけたかによるものだ。わしは一杯の羊の汁物で國を失い、お椀一杯の飯で、誠の士を二人も得ることが出来た。」こうして中山國の君主は食べ物の怨みと感謝の二つを経験したのでございます。人に怨みをかうのは、怨みの深浅でなく、どれだけ相手の心を傷つけたかにより、物を与えて感謝されるのは、与えた物の多少によるので無く、その時どれだけ苦境に立たされていたかによると言う中山國の君主の言葉は、誠に社会生活を送る上に於いて、心に止めておきたい言葉ではございませんでしょうか。
おわり