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『孟子』巻第七離婁章句 七十五節、七十六節

2017-11-21 14:00:58 | 四書解読
七十五節

孟子は言った。
「冉求は魯の卿である季氏の家老になったが、主人の悪徳を改めさせることが出来なかっただけでなく、租税をそれまでの倍にした。そこで孔子は、『冉求は我々の仲間ではない。お前たちよ、陣太鼓を鳴らして彼を攻めたててもよいぞ。』と言われた。これによると、君主が仁政を行わないのを諫めもせずに、ただ財政を富ませるだけの者は、皆孔子に見捨てられる者だ。ましてや、主君の欲を満たすために戦いを起こし、土地を争って戰い、死者で野を満たし、城を争って戰い、死者で城を満たすような者は、なおさらである。これはまるで土地に人の肉を食べさせているようなものだ。その罪は死を以てしても償いきれるものではない。だから戰が上手で、すぐに戦争を引き起こすような者は、極刑にすべきで、諸侯を同盟させて戦争をするような者は、これに次ぐ重い刑にすべきで、荒野を開墾して民に重労働を課すような者は、その次の刑に処すべきである。」

孟子曰、求也為季氏宰、無能改於其德、而賦粟倍他日。孔子曰、求非我徒也。小子鳴鼓而攻之可也。由此觀之、君不行仁政而富之、皆棄於孔子者也。況於為之強戰、爭地以戰、殺人盈野、爭城以戰、殺人盈城。此所謂率土地而食人肉。罪不容於死。故善戰者服上刑、連諸侯者次之、辟草萊、任土地者次之。

孟子曰く、「求や季氏の宰と為り、能く其の德を改めしむる無く、而も粟を賦すること他日に倍せり。孔子曰く、『求は我が徒に非ざるなり。小子、鼓を鳴らして之を攻めて可なり。』此に由りて之を觀れば、君、仁政を行わずして之を富ますは、皆孔子に棄てらるる者なり。況や之が為に強戰し、地を爭いて以て戰い、人を殺して野に盈て、城を爭いて以て戰い、人を殺して城に盈つるに於いてをや。此れ所謂土地を率いて人の肉を食らわすなり。罪、死に容れず。故に善く戰う者は上刑に服し、諸侯を連ぬる者は之に次ぎ、草萊を辟き、土地に任ずる者は之に次ぐ。」

<語釈>
○「求」、趙注:求は孔子の弟子冉求。○「季氏」、季氏は魯の卿、季康子。○「率土地而食人肉」、朱注:人を殺し、其の肝脳をして地に塗らしむ。則ち是れ土地を率いて人の肉を食らわすなり。○「罪不容於死」、朱注:其の罪の大なること、死に至ると雖も、猶ほ以て之を容るるに足らず。

<解説>
孔子曰くの言葉は、孔子の毅然たる態度を見る思いである。服部宇之吉氏は云う、凡て其の君に仁政を行わしむることを務めずして、妄りに其の國の富強を謀るものは、功愈々多くして罪愈々重し、と。

七十六節

孟子は言った。
「人を観察し、その人物を見抜くものとしては、瞳に勝るものはない。瞳はけがれ無きものなので、その人の心の惡を蔽い隠すことはできない。胸の内が正しければ、その瞳は明るく澄んでいる。胸の内が正しくなければ、瞳は暗く沈んでいる。だから、その語る言葉を聞き、その瞳を観察すれば、誰もがその胸の内を隠しきれるものではない。」

孟子曰、存乎人者、莫良於眸子。眸子不能掩其惡。胸中正、則眸子瞭焉。胸中不正、則眸子眊焉。聽其言也、觀其眸子、人焉廋哉。

孟子曰く、「人を存する者は、眸子より良きは莫し。眸子は其の惡を掩うこと能わず。胸中正しければ、則ち眸子瞭(あきらか)らかなり。胸中正しからざれば、則ち眸子眊(くらい)し。其の言を聽きて、其の眸子を觀れば、人焉くんぞ廋(かくす)さんや。」

<語釈>
○「存乎人者」、趙注:「存人」は、人の善悪を存在するなり。これを受けて、焦循の『孟子正義』は、「存」を以て「在」の義に解し、「在」を以て「察」の義に解し、蓋し人の善悪を察するなりと云う。朱子を始めとして異説が有るが、採らない。

<解説>
目は誠に心の鏡である。幼子の目は澄んでいてとても綺麗だが、大人になるにつれて汚く濁っていく。いつまでも澄んだ目でいたいものである。