東京でカラヴァッジョ 日記

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最後のダ・ヴィンチ?《サルヴァトール・ムンディ》の真実

2021年01月18日 | 書籍
   2017年に絵画取引史上最高額となる508億円で落札された、レオナルド・ダ・ヴィンチ《サルヴァトール・ムンディ》に関するノンフィクションを読了する。
 
ベン・ルイス著、上杉隼人訳
『最後のダ・ヴィンチの真実  
   510億円の「傑作」に群がった欲望』
集英社インターナショナル刊
2020年10月
 
   巨匠の知られざる傑作の「発見」のドラマと言えば、近年だと、書籍でカラヴァッジョ《キリストの捕縛》を、テレビ番組でカラヴァッジョ?《ホロフェルネスの首を斬るユディト》を楽しんだことがある。
 
   しかし、さすがレオナルド・ダ・ヴィンチ。
   作品の来歴も、登場人物も、市場価値も、カラヴァッジョ作品のドラマとはスケールが違う。
   訳文も読みやすく、楽しく読むことができた。
 
 
   ある1ページより。
 
   ロンドン・ナショナル・ギャラリーは、2011年11月から翌年2月まで、レオナルドの現存する絵画のうち約半数にあたる9点を集めた過去最大のレオナルド展を開催した。
 
   目玉の一つが《サルヴァトール・ムンディ》。
   2005年に「発見」されて以降、初めて、かつ、現時点では最後の一般公開となっている。
(噂になった「ルーヴル・アブダビ」での展示や、2019-20年のルーヴル美術館での没後500年回顧展への出品は、実現していない。)
 
 
ミラノ宮廷時代のレオナルド・ダ・ヴィンチ展
2011年11月9日~2012年2月5日
ロンドン・ナショナル・ギャラリー
 
   レオナルドの絵画出品作9点は、次のとおり。
 
(1)音楽家の肖像
     (アンブロジアーナ絵画館) 
(2)白貂を抱く貴婦人
     (チャルトリスキ美術館) 
(3)ラ・ベル・フェロニエール
    (ルーブル美術館) 
(4)聖ヒエロニムス
    (ヴァチカン絵画館) 
(5)岩窟の聖母
    (ルーブル美術館)
(6)岩窟の聖母
    (ロンドン・ナショナルギャラリー) 
(7)リッタの聖母
    (エルミタージュ美術館) 
(8)聖アンナと聖母子、洗礼者ヨハネ
    (ロンドン・ナショナルギャラリー)
(9)サルヴァトール・ムンディ
    (個人蔵)   
 
 
   2点がLNG自身の所蔵。
   7点が他美術館・個人からの借り受け。本書によると、そのうち5点の借り受けにあたって、LNGは次の対価を用意したという。
 
★A   エルミタージュ美術館は、「カルロ・クリヴェッリの非常に装飾性の高い作品」を借り受ける代わりに、レオナルドの《リッタの聖母》を貸し出すことに同意した。
 
★B   アンブロジアーナ絵画館は、将来開催予定の展覧会に「ボッティチェリを一枚」借り受ける約束をカタに、まだイタリア国外には出たことがない《音楽家の肖像》を貸し出すことにした。
 
C   ルーヴルは、レオナルドが《聖アンナと聖母子》を完成させるために習作として描いた「バーリントン・ハウスのスケッチ(上記(8)の作品)」を借り受ける代わりに、《岩窟の聖母》を初めて国外出展品として貸し出した。
 
★D  《白貂を抱く貴婦人》をクラクフの国立美術館から借り受けるにあたっては、「借用料を支払った」。
 
E   当時売り出し中であった《サルヴァトール・ムンディ》を所有者(個人)から借り受け、「展覧会の図録にはこの絵はレオナルドの作品であるとはっきりと明記した」。(借用料の有無は記載なし。)
 
 
   ★印を記した3点は、来日したことのある作品、または、その対価として貸し出された作品が来日したことのあることを示す。
 
   ★Dの 《白貂を抱く貴婦人》は、2002年の横浜美術館「チャルトリスキ・コレクション展」にて来日している。そのときの借用料の水準は、LNGと比べてどうだったのだろうか。
 
   ★Bの《音楽家の肖像》の借り受けの対価として貸し出されたボッティチェリ作品とは、どうやらあの晩年の傑作《神秘の降誕》であるようだ。同じ晩年作でも、決して《聖ゼノビウス伝》ではない。
   《音楽家の肖像》は、本書によると2011年時点では初のイタリア国外への貸し出しであったらしいが、その2年後の2013年には、東京都美術館「ミラノ  アンブロジアーナ図書館・絵画館所蔵   レオナルド・ ダ・ヴィンチ展-天才の肖像」で来日している。
   来日にかかる借用料が同じ(他の条件は無視)でどちらかの作品を選べる状況を想定した場合、レオナルド《音楽家の肖像》とボッティチェリ《神秘の降誕》のどちらを選ぶだろうか。
 
   ★Aの《リッタの聖母》は来日したことはない。借り受けの対価として貸し出されたクリヴェッリ作品とは、どうやら現在来日中の作品であるようだ。
   つまり、クリヴェッリ《受胎告知》1点を借り受けるためには、レオナルド作品(ただし、真筆性に異論も多い《リッタの聖母》クラスの作品)と同等の見返り(日本の場合は借用料の支払い)が必要であるということ。
   それがLNG展では、ゴッホ《ひまわり》も含んだ総計61点の借り受けだから、過去最高レベルの借用料だろう、新型コロナウイルス感染症禍で展覧会収支は壊滅状態にあるのかも。
 
 
と、本筋とは関係ないところで、一人盛り上がる。


2 コメント

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サルヴァトール・ムンディに関する本 (むろさん)
2021-01-18 22:48:11
つい2か月ほど前に私もこの「最後のダ・ヴィンチの真実」を読んだばかりだったので、今回の記事は大変興味深く読みました。そして、昨日たまたま行った地元の図書館に、池上英洋著「レオナルド・ダ・ヴィンチ―生涯と芸術のすべて」2019.5筑摩書房 という本があったので、借りてきて今読んでいるところです。この中でサルヴァトール・ムンディについては「新発見作品の信憑性」という項目で12ページにわたり解説されています。「最後のダ・ヴィンチの真実」より1年以上前に出た本ですが、実際に執筆された時期は(最後のダ・ヴィンチの真実の初版と比べれば)それほど変わらないと思います。昨年1月に開催された代官山の展示でも分かるように、現在の日本でレオナルドについて積極的に情報を発信されているのは池上氏以外にはほとんどいないと思うので、サルヴァトール・ムンディの真筆度合いに関して現在の(日本語で読める)美術史研究者の考えを知るには適切な本だと思います。私には「フランス王の注文品(サルヴァトール・ムンディ)を納品していなかったら、この後でレオナルドがフランス王から宮廷画家として遇されることはなかったに違いない」という文章が印象に残りました。
既にお読みになっているかもしれませんが、まだであればご一読することをお勧めします。

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Unknown ()
2021-01-19 21:01:45
むろさん様
コメントありがとうございます。
2019年の没後500年にあわせて出版された池上氏のレオナルド関連書籍のうち一番分厚い書籍ですよね。読んでみようと思います。ご紹介ありがとうございます。
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