東京でカラヴァッジョ 日記

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ウフィツィ美術館展(東京都美術館)

2014年10月19日 | 展覧会(西洋美術)

ウフィツィ美術館展
黄金のルネサンス ボッティチェリからブロンヅィーノまで
2014年10月11日~12月14日
東京都美術館

<公式HPより>
 本展は、≪パラスとケンタウロス≫をはじめとするボッティチェリ作品を多数紹介するほか、アンドレア・デル・サルトやポントルモ、ブロンヅィーノら、16世紀のフィレンツェ美術を牽引した主要な画家たちの約80点に及ぶ作品を通じて、豊かで多様なフィレンツェ・ルネサンスの真髄に迫ります。


 ウフィツィ美術館展と題しつつ、実はウフィツィ美術館以外のフィレンツェの美術施設からの出品が太宗だろう、と想像していたが、出品作品75点中53点と、約7割がウフィツィ美術館またはウフィツィ素描版画室所蔵。

 本展は、なんといってもボッティチェリ。
 代表作の一つ≪パラスとケンタウロス≫のほか、初期から晩年の作品が計6点出品(帰属1点を含む)。

 宣伝を見て驚いたのが、≪パラスとケンタウロス≫は34年振りの来日ということ。てっきり初来日と思い込んでいた。
 34年前の展覧会を調べる。

イタリア・ルネッサンス美術展
1980年11月1日~12月21日
国立西洋美術館
(巡回先:京都国立近代美術館、愛知県美術館)
出品点数:絵画25点、彫刻9点、素描2点、工芸品6点、計42点
入場者数:302,473人

 出品作品は、京都国立近代美術館HPで確認できるが、イタリア各地の美術館等から出品され、2001年開催「イタリア・ルネサンス 宮廷と都市の文化展」の小規模版という感じ。


本展の構成
第1章 大工房時代のフィレンツェ
第2章 激動のフィレンツェ、美術の黄金期の到来
第3章 「マニエラ・モデルナ(新時代様式)」の誕生
第4章 フィレンツェ美術とメディチ家


 ボッティチェリは、第1章の後ろ(B1F)と第2章の頭(1F)。
 フィレンツェ・ルネサンスは、ボッティチェリ作品が語ってくれる。

No.26≪パラスとケンタウロス≫1480-85年
 素晴らしい。
 女神の上半身にはオリーブの蔓が巻き付き、皮膚が透けて見えるような白い衣装には、ダイアモンドの指環を組み合わせた文様が無数に散らされている。美しい。
 蔓が実物で、指輪が衣装の文様であるとのキャプションだが、蔓が衣装の文様であったり、指輪が実物であったりするところもある気がする。どこがどっちかなあ、と長く眺める。
 本作は、代表作≪春≫とともに、ロレンツォ・ディ・ピエルフランチェスコ・デ・メディチのフィレンツェの邸宅に所蔵されていたという由緒ある作品である。

No.21≪ロッジャの聖母≫1466-67年頃
 初期作品。ただし、後年の修復時の加筆がはなはだしく、ボッティチェリの筆致はすっかり損なわれているとのこと。
 しかしながら、本作は、オリジナルの額縁のまま残る貴重な作例だというので、額縁もしっかり鑑賞する。上部の鳩の正面向きの短縮法描写等。

No.23≪聖母子(海の聖母)≫1475-80年
 帰属作品。アカデミア美術館蔵。
 聖母のやや遠くを見る視線が印象的。窓枠の向こうに海の風景が広がる。

No.20≪聖母子と天使≫1465年頃
 捨て子養育院美術館蔵。
 かつてはフィリッポ・リッピまたはリッピ派とされていたが、19世紀末以降はボッティチェリ作品と認められているとのこと。
 リッピ風が濃厚な作品。聖母の固い表情もいいが、後ろを振り返る天使の表情がこれまたいい。

No.27≪聖母子と洗礼者聖ヨハネ≫1505年頃
 パラティーナ美術館蔵。
 腰を折り、前かがみの姿勢の聖母が画面いっぱいいっぱいに描かれる。
 十字架降下を暗示させる構図。背景のバラも受難を暗示する。
 聖母のプロポーションは、画家晩年特有の描法で、Bunkamuraのポルディ・ペッツォーリ美術館展の≪死せるキリストへの哀悼≫を思い出す。

No.28≪東方三博士の礼拝≫1490-1505年
 未完作品。彩色の大部分は18世紀に施されたとのこと。彩色せずに残してほしかった。
 聖母子を中心にして、周りにたくさんの人々、群衆が描かれる。


 以上の作品は、公式HPに詳しく紹介されている。
 というか、公式HPにはボッティチェリ以外の紹介は皆無に等しい。
 本展は、ボッティチェリ6点の展覧会と考えるべきなのか。

 



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