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ウスター美術館のモネ《睡蓮》、購入をめぐる手紙・電報の展示 - 「印象派 モネからアメリカへ - ウスター美術館所蔵」(東京都美術館)

2024年02月17日 | 展覧会(西洋美術)
印象派 モネからアメリカへ
ウスター美術館所蔵
2024年1月27日〜4月7日
東京都美術館
 
 
 アメリカ・ボストン近郊に位置するウスター美術館の所蔵作品を主として、フランス&欧州、アメリカ、日本の印象派を見る展覧会。
 
【本展の構成】
1章 伝統への挑戦
2章 パリと印象派の画家たち
3章 国際的な広がり
4章 アメリカの印象派
5章 まだ見ぬ景色を求めて
 
 
 以下、本展のメインビジュアル、モネ《睡蓮》を見る。
 
 水の色、紫と黄、緑と赤、「柔らかなパステルカラー」が好ましく、実に素敵な作品である。
 
 
クロード・モネ
《睡蓮》
1908年、94.8×89.9cm
ウスター美術館
 
 1909年5月6日から6月5日まで、パリのデュラン=リュエル画廊で開催されたモネの個展「睡蓮:水の風景連作」への出品作48点のうちの1点。
 
 この個展は、当初1907年の開催を予定していたが、仕上がりに満足できない画家が何度も先延ばしにしたため、2年遅れの開催となったもの。
 
 安井裕雄氏の著書『図説  モネ「睡蓮」の世界』(2020年4月、創元社)によると、この個展のために描かれた1903〜08年の作品は、現在までのところ80点が確認されているという。
 
 同書には、その80点が図版付きで紹介されているが、日本に結構な数が所在する、というのは驚き。
 
「睡蓮:水の風景連作」出品作48点
《睡蓮の池》1907年、アーティゾン美術館
《睡蓮》1907年、和泉市久保惣記念美術館
《睡蓮》1907年、ポーラ美術館
《睡蓮》1907年、DIC川村記念美術館
《睡蓮》1908年、東京富士美術館
 
上記個展には出品されなかった32点
《睡蓮》1903年、アーティゾン美術館
《睡蓮》1906年頃、大原美術館
《睡蓮》1907年、アサヒグループ大山崎山荘美術館
《睡蓮》1906年、吉野石膏コレクション
《睡蓮》1908年、個人蔵(日本)
 
 計10点!他にも、かつて(今も?)日本の個人蔵であったものも数点もある。
 日本におけるモネ好き、睡蓮好き、が伺われる。
 現在、大阪中之島美術館で開催中の「モネ 連作の情景」展には、個展出品作が2点、アーティゾン美術館と和泉市久保惣記念美術館の作品が出品されている(東京では非出品)。
 
 
 
 さて、ウスター美術館の《睡蓮》であるが、同館は、本作を1910年に購入、「睡蓮」を購入した世界で初めて美術館となった。
 
 本展の見どころの一つは、モネ《睡蓮》の購入をめぐるデュラン=リュエル画廊との手紙や電報(複製)の展示である。
 
 美術館は、モネ《睡蓮》の購入をめぐる手紙・電報19通を保管しているという。うち2通が関税・運送業者との間のもので、17通が画廊との間のもの。本展では、画廊との間の17通のうち、14通の複製が展示される。
 
 
 最初の動きは、1909年9月。画廊のNY支店とのやりとり3通のうち2通が展示される。
 画廊から個展出品作の価格リストが提示され、美術館は次の4点に興味を示している。
 No.28   21,000FRF
 No.33   20,000FRF
 No.32   21,000FRF
 No.23   22,000FRF
 
 この4点がどの作品なのか、現在の美術館所蔵作品が含まれているのかは未確認(図録には記載があるのかも)。
 ただ、何らかの事情で、いったん見送られたとのこと。
 
 
 次の動きは、翌1910年4月から、パリの画廊との間で始まる。
 
「モネ オクレ 1テン ハ カウ」
「モネ2点を蒸気船で送ります」
「理事会は1点の購入を承諾しました」
「2テン トモ コウニュウ スル」
「《睡蓮》の代金を送ります」
 
 14通(展示対象は12通)のやりとりを経て、美術館は、2点のモネ作品を購入する。
 
《睡蓮》1908年
 →   20,000フラン
 
《ウォータールー橋》1903年(本展非出品)
 →   18,000フラン
 
 画廊はこれらの価格について、美術館に対し、「美術館用の特別に低い価格なので、どうか内密に」と記している。
 
 
 
 本展には、もう1点、その購入をめぐる手紙が展示されている作品がある。
 アメリカ印象派を代表する画家とされているらしいチャイルド・ハッサムの作品である。
 
チャイルド・ハッサム(1859-1931)
《朝食室、冬の朝、ニューヨーク》
1911年、69.8×76.5cm
ウスター美術館
 
 1911年3月17日から4月8日まで開催された展覧会「テン・アメリカン・ぺインターズ」に出品された本作品を、同年中に、美術館は画家より直接購入する。
 本展には、美術館と画家とのやりとり7通が展示される。
 価格は、3,200ドル。
 画家は、美術館向けとして、当初値付けより300ドル下げたとのことである。
 
 
 
 1910年に購入した70歳となるモネの作品が20,000フランと18,000フラン。
 1911年に購入した52歳となるハッサムの作品が、3,200ドル。
 
 
 問題です。
 
(1)モネ作品が5倍強高かった。
 
(2)モネ作品のほうが高かったが、その差は1.5倍まではない。
 
(3)ハッサム作品のほうが高かった。
 
 
 
 当時のドル・フランスフランの為替レートは、ネット検索すると、1ドル=5.1〜5.8フラン程度であったようだ。
 
 仮に、1ドル=5.2フランとすると、ハッサム作品は、16,640フランスフラン。
 
 よって、正解は、(2)となる。
 意外なことに、大差なかったのだ。
 
 
 現在ではどうか。
 
 2021年5月のサザビーズのオークションにて、モネの作品およびハッサムの作品がともに出品され、ともに落札されている。
 
モネ《睡蓮の池》1917-19年
→約7,035万ドル
 
ハッサム《Flags on 57th Street, Winter 1918》1918年
→約1233万ドル
 
 参考情報レベルではあるが、モネ作品が5.7倍にとどまっている。
 ハッサム作品は、美術館(ニューヨーク歴史協会)からの出品であったこと、星条旗がはためく第一次大戦の戦勝パレードを描いたものらしいことから、特に高い値がついたのかもしれない。
 私的には初めて名を知る画家であったが、少なくとも母国アメリカでは人気の画家であるようだ。


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