特集展示「松方コレクションとイギリス美術」
このたび企画展示室で開催の「ロンドン・ナショナル・ギャラリー展」に関連し、松方コレクションに含まれるイギリス絵画を特集展示します。
意外に思われるかもしれませんが、松方コレクションで最多数を占めていたのはフランス美術ではなく、イギリス美術でした。これは松方幸次郎が川崎造船所社長として渡欧し、美術品収集を始めた都市がロンドンだったためです。松方は仕事の傍ら同地の画商を通じて、またはフランク・ブラングィン、チャールズ・リケッツ、ジェイムズ・J・シャノン、ジョージ・クローゼン、彫刻家アルフレッド・ドゥルリーらイギリスの作家たちの知遇を得て、彼らから直接作品を購入しました。なかでも特別な存在であったのがブラングィンです。荒波や造船所を多く描いたこの画家と意気投合した松方は、日本での建築を夢見た「共楽美術館」の設計を彼に委ねたのでした。
ところが1939年、900点以上の作品を保管していたロンドンのパンテクニカン倉庫が火災に遭い、数点を除いてすべての作品が焼失してしまいます。近年発見された保管作品のリストには、版画から大型装飾パネルまで数百点におよぶブラングィンの作品を中心に、上述の同時代作家の作品、さらにコンスタブルなど多くのイギリス人画家の作品が確認できます。
今回特集展示する絵画作品は、パリで保管され、1959年にフランス政府から寄贈返還された作品か、早い段階でロンドンから日本に送られるも、1927年の川崎造船所の経営破綻により松方の手を離れ、近年になって当館に収蔵・寄託されるに至った作品です。ブラングィン作《松方幸次郎の肖像》は長くご遺族のもとにありましたが、2017年に当館へご寄贈いただきました。
このように、イギリスとの関係など松方コレクションには掘り下げられるべき側面がいくつも残っており、当館では今後も調査を続けていきたいと考えております。
国立西洋美術館の新館1階の常設展示室に入室すると、左手の壁には19世紀末近くのフランス絵画が、右手の壁には特集展示のイギリス絵画が並び、相対している。
以下、特集展示中の松方コレクションのイギリス絵画の画像を掲載する。
ブラングィン(1867-1956)
《松方幸次郎の肖像》
1916年
松方幸次郎氏ご遺族より寄贈(2017年)
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50代はじめの松方幸次郎。
ブラングィンは、松方から自作の売却、共楽美術館のデザイン制作、他の画家の作品の購入の代理を依頼された。松方が保有した多数のブラングィン作品のは1939年のロンドンの倉庫の火災で焼失したとされている。
国立西洋美術館は、2010年に開館50周年記念事業として「ブラングィン」展を開催している。
ブラングィン
《しけの日(救助船)》
1889年
購入(2002年)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/2f/63/7f6c4a40ff5d3f9fb1c658745d463b45.jpg)
ブラングィンの初期作品。高波にもてあそばれる蒸気船の乗組員の救助に向かう一隻のボート。
本作は、早期に日本に持ち込まれ、コレクション散逸期に売り立てられる。その後、国立西洋美術館開館の翌年からの寄託を経て、2002年に購入。
ジョン・エヴァリット・ミレイ(1829-96)
《あひるの子》
1889年
水嶋徳蔵氏より寄贈(1975年)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/0d/c5/c6814b00e031b5f08ebfbab128513139.jpg)
ラファエロ前派の1人ミレイが得意した少女像で、アンデルセン『醜いあひるの子』を想起させる作品。
本作は、早期に日本に持ち込まれ、コレクション散逸期に売却される。その後個人コレクションを経て、1975年に寄贈される。
ロセッティ(1828-82)
《愛の杯》
1867年
購入(1984年)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/25/8e/6175942799e01465f21e7e95445f0dbc.jpg)
ラファエロ前派の1人ロセッティによるロセッティらしい女性像。
本作は、早期に日本に持ち込まれ、コレクション散逸期に売却される。その後個人・企業コレクションを経て、1984年に購入。
ロセッティ
《夜明けの目覚め》
1877-78年
蜂谷克己氏御遺族より寄贈(2019年)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/72/9e/e3328936ad3f5bd23c70a6573ae08feb.jpg)
1883年のロセッティのアトリエの売り立てで市場に出た作品と考えられている。
本作は、早期に日本に持ち込まれ、コレクション散逸期に売り立てられる。その後、個人コレクションを経て、2010年に寄託、2019年に寄贈された「新収蔵品」。
トーマス・ストザード(1755-1834)
《黄金時代》
購入(2017年)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/58/fa/1d0ca6bf6d977675d8d525cff7b965ad.jpg)
ストザードは、主に書物挿絵や幻想的な物語画を制作した画家。本作は、『変身物語』を典拠している。
本作は、早期に日本に持ち込まれ、コレクション散逸期に売り立てられる。その後、個人コレクションを経て、2016年に寄託され、2017年に購入する。
ローラ・ナイト(1877-1970)
《屋内訓練場のジョー・シアーズとW・エイトキン衛兵伍長》
1917年
購入(2017年)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/52/ae/74c5f6d351866563adf2b3b9a7c8d4ba.jpg)
ローラ・ナイトは、イギリスの女性画家。第一次世界大戦下、カナダの実業家の依頼を受け、兵士たちを描くため、ロンドン南西に位置するカナダ軍のキャンプに派遣される。作品は、そこで知り合ったバンダム級チャンピオンのボクサー、ジョン・シアーズのスパーリング中の光景を描いたもの。「男性の、しかも運動している姿を大量にスケッチできたことは特に女性画家にとって貴重な経験」であったらしい。
本作は、早期に日本に持ち込まれ、コレクション散逸期に売り立てられる。その後、個人コレクションを経て、2016年に寄託、2017年に購入。
上記以外に、寄託作品2点、ジョージ・クローゼン(1852-1944)の《子供二人》およびアルフレッド・マニングス(1878-1959)の《ホップ摘みへの出発》も展示(撮影不可)。
以上9点。すべて2019年の「松方コレクション展」の出品作。ラファエロ前派の2人を除けば、松方コレクションを通じてしか知ることのなかっただろうイギリスの画家たちである。