東京でカラヴァッジョ 日記

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青龍社の女性画家 小畠鼎子(武蔵野市立吉祥寺美術館)

2017年01月24日 | 展覧会(日本美術)

青龍社の女性画家 小畠鼎子
~苦しみながら描くことの楽しみ~
2017年1月14日~2月26日
武蔵野市立吉祥寺美術館

 

 

   小畠鼎子(こばたけ・ていこ 1898-1964)は、吉祥寺に在住した当地ゆかりの女性日本画家。

 

   日本画への関心薄の私、初めて名前を聞く画家で、本来なら目に留まることもないはずが、たまたまチラシ掲載の作品が気になり、ぐるっとパス効果もあって吉祥寺に向かう。

 

   本展サイトによれば、武蔵野市は、遺族からの寄贈等により47点の作品を所蔵。

   〈まくり〉状態(木枠やパネルから外された、本紙のみの状態)であった作品の修復処置を段階的に進め、本展では26〜28年度までに額装作業が完了した受贈後初公開作品を中心に所蔵作品の約半数を展示する、ということらしい。

 

   同美術館での小畠鼎子展は、2010年の「小畠鼎子展 青龍社とともに歩んだ女性画家」以来2回目、同じく画家である夫についても「吉祥寺のモダニスト 小畠辰之助」展を2015年に開催しているとのこと。


   なお、川端龍子や青龍社については、私の関心が及ばないのでスルーする。

 

   注目したのは、戦時下に描かれた2作品。

 

《突進》1943年、183×134㎝
第11回春の青龍展出品

   2010年の展覧会では、《鴨遊図》(仮)制作年不詳、とされた作品。

   その後の調査研究にて「戦時下の規範たるべき精神を水上の鴨の姿に託した」作品になったらしい。題名も勇ましいものに変わる。
   井の頭恩賜公園の池に泳ぐ鴨がモチーフなのだろうが、《突進》と思って見ると、そのように見えてくる。

 

《増産》1944年、181×135㎝
第16回青龍展出品

   画家の娘をモデルにしたとある。昭和19年当時、このような食糧増産娘がよく見られたということなのだろう。

 


   あと、藤田嗣治に「日光廊等の浮彫を見ているようて重くるし」いと評された、昭和9年に井の頭恩賜公園内に開園した中之島小動物園で飼育されていたインド産のインドクジャクをモチーフに描く《青艶》1937年や、2月の長男の戦死から4カ月後の展覧会に出品されたという、真冬の一日で最も冷え込む夜明け前の時間帯を描く《寒暁》1945年など。

 

   作家は身近な場所に画題を求めていたらしく、それが作品に好ましさをもたらせている。大作も多くて、想像以上に楽しめた。



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