フェルメールの現存作品のうち、キューピッドの画中画が描かれているのは4点である。
4点とも、多少のアレンジはあるが、同一のキューピッドの絵をもとにして描いたようである。
その絵は、フェルメール没後の財産目録(1676年2月作成)に記載の「キューピッドの絵」と考えられている。
現存していないその絵は、オランダの画家チェーザレ・ファン・エーフェルディンケン(1616/17〜78)の作と推測されているとのこと。フェルメール(1632〜75)の15年ほど年長の同時代の画家である。
制作年代に4点を並べる。
《眠る女》
1656〜57年
メトロポリタン美術館
《窓辺で手紙を読む女》
1657〜59年
ドレスデン国立古典絵画館
《稽古の中断》
1660〜61年
フリック・コレクション
《ヴァージナルの前に立つ女》
1670〜72年頃
ロンドン・ナショナル・ギャラリー
《眠る女》は、ドレスデンの《取り持ち女》の次に制作された画家の初期作品とされている。
女性がテーブルに肘をついて眠っている。ワインを飲んで酔ってしまったようだ。当初は、後ろの部屋に続くドアのところに犬が、向こうの部屋に帽子を被った男性が描かれたが、画家自身の手により塗り潰されたらしい。
画面左上には、壁に掛けられた「キューピッドの絵」が右下部のみ描かれる。
キューピッドは左足のみ。地面には不誠実を意味する仮面が置かれている。キューピッドは仮面を踏みつけているのかもしれない。
《窓辺で手紙を読む女》は、《眠る女》の次あたりに制作された画家の初期作品。
1979年のX線調査により、背景の壁に「キューピッドの絵」が塗りつぶされていることが判明する。画家自身の手によるものと考えられていたが、2017年の調査により画家以外の人物によるものと判明し、翌年からの修復において塗りつぶし部分の除去が行われた。
「キューピッドの絵」は、右3分の1程度がカーテンにて隠されている。
左3分の2内のキューピッドは、右手に弓を持つ。左手を差し上げているがその手に何か持っているか否かはカーテンに隠されて分からない。地面に2つ転がっている仮面のうち1つを踏みつけている。
《稽古の中断》は、画家の中期前半の作品。
作品の磨耗が激しく、静物の一部を除き、原状をほとんどとどめていないらしい。
「キューピッドの絵」は、男性の姿で隠される右下の一部分を除いて見えているが、図版では非常に暗くて、左手を上げて右手を下げているキューピッドの姿をうっすらと識別できるものの、それ以上は分からない。
《ヴァージナルの前に立つ女》は、画家の後期作品。
「キューピッドの絵」は、ほぼフル見える。キューピッドは、右手には弓を、差し上げた左手には札のようなものを持っている。そして、地面に仮面が見当たらない。
この図像は、オットー・ファン・フェーン(1556/57〜1629)のエンブレム集『アモーレム・エンブラータ』の中の一図、「ただ一人に」を想起させるものだという。
そこでは、キューピッドが左手で差し上げた札には「1」の数字、右足で踏んだ札には「1」以外の数字が書かれている。「愛は一人の人に捧げてこそ」を表しているらしい。
(なお、フェルメール作品の札には、数字は書かれていない。)
フェルメールの4点の「キューピッドの画中画」。
最初の2点《眠る女》《窓辺で手紙を読む女》は不幸な恋愛を暗示し、3点目《稽古の中断》は不明だが、最後の 《ヴァージナルの前に立つ女》は幸せな恋愛を暗示しているようである。
ただ、フェルメールが保有していた原画の「キューピッドの絵」はどんな図像だったのか、それはオットー・ファン・フェーンのエンブレム集を踏まえていたのか、仮面が描かれていたのか、気になるところ。
以上、小林頼子著『フェルメール論』2008年(増補新装版)、八坂書房刊を参照して記載。
2022年に東京・札幌・大阪・宮城で開催予定の「ドレスデン国立古典絵画館所蔵 フェルメールと17世紀オランダ絵画展」の図録において、「キューピッドの画中画」がどのように説明されているのか楽しみ。