秘蔵!重要文化財「長谷雄草紙」全巻公開
- 永青文庫の絵巻コレクション -
2023年10月7日~12月3日
永青文庫
重要文化財、鎌倉〜南北朝時代・14世紀に制作された絵巻《長谷雄草紙》全1巻。
江戸時代には徳川将軍家の宝物として秘蔵されていたが、幕末維新期の混乱により長らく所在不明、昭和に入り、永青文庫の設立者・細川護立(1883~1970)の所蔵となったという。
この絵巻を観るのは、2019年の泉屋博古館分館(現:泉屋博古館東京)「文化財よ、永遠に」展以来のこと。
2019年の時は、前後期で半分ずつの公開であったが、今回は全段を一挙公開!
ありがたい企画と、7年ぶり3展目の永青文庫を訪問する。
5段からなる本絵巻。
ストーリー的には、「長谷雄と鬼の双六勝負」と「美女は水となって流れてしまう」場面がメインであろう。
絵画的には、その2つの場面に加え、「鬼に誘われるまま徒歩で対決場所へ向かう途上の市井の風景」と「朱雀門の大きさ、高さを表す描写」「美女の顔」もおもしろい。
市井の風景については、庶民の登場人物数は決して多くはないが、魚屋の店先、くつろぐ車屋、子どもと猿の喧嘩が描かれる。朱雀門については、木と霞が対決場所の高さを物語る旨の説明。美女については、2度の登場いずれも顔を隠して描かれる。
重文《長谷雄草子》1巻
鎌倉〜南北朝時代・14世紀
29.6×1001.9cm、永青文庫
【ストーリー】
紀長谷雄(845〜912)は、平安前期の公卿で文人。
ある日の夕刻、怪しげな男が長谷雄を訪ねてきて、双六の勝負を申し込む。
誘われるままに男の住居へ行くと、そこは朱雀門。
男は「見目も気立ても、必ず満足なさる女」を、長谷雄は「持っている財産全て」を賭ける。
勝負は長谷雄の優勢で進み、男は本来の姿、鬼の姿を表す。
「勝ちさえすれば鼠に過ぎぬ」と恐怖に耐えた長谷雄、ついに勝利する。
約束の日、男が女を連れて長谷雄を訪ねる。
光り輝くほどの美女に驚く長谷雄に、男は「差し上げます。負けて支払うのですから返してもらう必要もありません。ただし、今宵から100日経ってからうちとけてください。もし100日たたないうちにうちとけようとするならば、不本意なことが起こるでしょう」。
長谷雄は了解し、女を受け取り、男を帰させる。
日が経つごとにその女を愛おしく思う長谷雄。
80日ほどが経った頃、長谷雄は「かならず100日としもさすべき事かは」と自分に言い聞かせ、女に手を出す。
すると、女はたちまち水となって流れていってしまう。
長谷雄は8千度悔やむが、もうどうすることもできない。
それから3か月ほどした夜更け、道中に男が長谷雄に近づいてきて言う。
「君は信こそおはせざりけれ。心にくうこそおもひきこへしが」。
詰め寄る男に恐怖を覚えた長谷雄は、北野天神に祈る。天から「びん(便)なきやつかな。たしかにまかりのけ」との声がして、男はたちまちその場からいなくなる。
この男は、朱雀門の鬼。
女は、数々の死体から良いところばかりを寄せ集めて、作り上げたもので、100日が過ぎれば、本当の人になり、魂が定まるはずであったのに、長谷雄が鬼との約束を破ったがために、そうはならなかった。
鬼の気持ちは「いかばかりか、くやしかりけん」。
お目当ての《長谷雄草紙》以外は、軽く見る。
絵巻や奈良絵本が17点展示される。
《蒙古襲来絵詞(模本)》&《蒙古襲来絵詞(白描本)》上下巻
それぞれ同じ場面を公開。
明治23年に大矢野家から皇室に献納されて現在宮内庁が所蔵する原本は、当初は細川家に譲渡が持ちかけられた経緯があるらしい。
《信貴山縁起絵巻(模本)》上中下巻
「尼公巻」は東大寺の大仏の場面が公開。尼公6変化(異時同図法)を予習する。
《いはや物語(岩屋物語)》上中下巻
海上の岩に置き去りにされた姫君を助けたのは「明石の海人」なのに、「あまちがい」で、「尼」が描かれる、という謎作品。
《秋夜長物語絵巻》上下巻
比叡山延暦寺の僧侶と三井寺の稚児との悲恋、それをめぐって起きた両寺の争いが描かれる。公開は、冒頭の夢を見る僧侶、および、両寺の争いと炎上する三井寺。
決して広くはない展示室に見合って、多くもなければガラガラでもない環境で、絵巻を楽しむ。
コメントありがとうございます。
「観客が数名」ですか、平日だとそんな感じなのですね。私は週末午後の鑑賞でしたので、相応に観客がいて、《長谷雄草紙》にも常に場面数以上の人がいる状況でした。
約束を守った鬼と破った長谷雄。「いかばかりか、くやしかりけん」と鬼の気持ちをおもんばかっているのだろうくだり、確かに人間との距離が近かったのでしょうね。
大変エネルギッシュに各地の美術展をご紹介になっているのにいつも感嘆いたします。
昨日、目白まで行ってきました。実は知人に長谷雄の姓の方がおられ、月初に久しぶりに再会した後のことでした。
永青文庫はこれまで数回訪れたことのある懐かしい場所です。観客は数名、久し振りに静謐な空気の中で展示を楽しんできました。草紙を見るのは2度目ですが、鬼の言動がなんとなくユーモラスで、人間との距離が近く、平安の人々の心の一端に触れたようで楽しく再見しました。展示は解説や照明などにも配慮が感じられましが、単眼鏡を持参してよかったと思いました。併せて展示された絵巻なども大きな美術館では味わえないゆったりとした雰囲気の中で観ることができました。
晩秋の一日、庭園の美しい雰囲気も楽しめました。
なかなか気づかない展示だけに、ご紹介に感謝いたします。