goo blog サービス終了のお知らせ 

gooブログはじめました!

写真付きで日記や趣味を書くならgooブログ

鮎貝城(2023年10月29日)

2023-11-06 12:09:36 | 日記

鮎貝城

山形県西置賜郡白鷹町鮎貝にある鮎貝城(別名は桜館)に行ってきました(2023年10月29日)。

荒砥城から歩きましたが、40分ほどでした。最寄り駅は、四季の郷駅になります。荒砥駅のお隣の駅になります。

こちらは、鮎貝氏が築城して、代々居城としていたところです。鮎貝八幡宮のあるところが主郭と言われていますが、なぜか現地の鮎貝八幡宮の境内には二の丸跡の標柱が建っています。

少し北に進んだところに本丸跡の説明板があるところから、こちらを主郭と考えている人もいるということかもしれません。さらに北に進むと出丸のようなところがあります。周囲は空堀で囲まれており土橋ではなく鉄橋が架けられているので鉄橋を渡ります。

鮎貝八幡宮の参道

鮎貝八幡宮の鳥居

鮎貝八幡宮に二の丸跡の標柱が

鮎貝八幡宮の本殿

鮎貝八幡宮本殿背後の土塁の上から見た本殿

鮎貝八幡宮本殿背後の土塁

水堀

水堀

本丸跡の説明板

出丸?

出丸?


荒砥城(2023年10月29日)

2023-11-06 05:41:33 | 日記

荒砥城

山形県西置賜郡白鷹町にある荒砥城(別名は八乙女城)に行ってきました(2023年10月29日)。

フラワー長井線の終着駅となる荒砥駅で降りて、そこから10分ほど歩きます。駅の目の前の山になりますが、回り込むため少し時間がかかります。

八乙女八幡神社の参道から登りました。右側に荒砥城の標柱があり、すぐこの横に蛇井戸の跡かあります。八乙女八幡神社は荒砥城のニ郭になるようです。八乙女八幡神社の左側で一段高くなったところが主郭となります。御盾稲荷神社があり、この御盾稲荷神社の横に荒砥城の説明板があります。御盾稲荷神社の参道を降りたところは三郭になるようです。現在は荒砥地区コミュニティセンターが建てられています。

この城は、平安時代に奥州藤原氏の家臣であった荒川次郎清泰によって築城されたとのことです。戦国時代には伊達氏の支配下になりますが、伊達領と最上領の境目の城として重要な位置付けであったようです。

八乙女八幡神社の参道

八乙女八幡神社参道脇にある蛇井戸の跡

荒砥城の標柱

八乙女八幡神社(荒砥城のニ郭)

荒砥城の主郭

御盾稲荷神社(荒砥城の主郭)

荒砥城の説明板

荒砥地区コミュニティセンター(荒砥城の三郭)

荒砥城の全景