隠れ家-かけらの世界-

今日感じたこと、出会った人のこと、好きなこと、忘れたくないこと…。気ままに残していけたらいい。

バイバイ、ママ-卒業

2006年02月17日 01時12分40秒 | 手紙

■ママへ

 
びっくりしたよ、今朝の電話。てっきりいつものように、「ちゃんと食べてるの? たまには電話くらいよこしなさい」、そう言われるのかと思ってたのに。
 
この前帰ったときに、ママ、長電話してたでしょ。珍しいなと思ってたのよ。ママは合理主義で無駄なことが大嫌いな人だから、時間だって分刻みに生きてるところ、あったものね。長電話なんて、絶対にしない人だったのに。
 
あの電話の人? あの人と結婚するの? あのときのママの背中、なんだかいつもより柔らかかったしね。
 
いいんじゃない。パパが死んで、もう10年だよ。お葬式に中学の制服で列席したから、しばらくの間、お線香の匂いが消えなくて、それがいつまでも悲しかったこと、覚えてる。
 
でもママはパパのこと、好きじゃなかったでしょ。パパが死んでも泣けなかったでしょ。知ってたよ。ママがすごく冷たい目で棺の中のパパを見ていたこと。あのとき、ママはパパになんて言ってるんだろう、って思ってた。
 
しかたないよね。パパはずるい人だったもの。優しいふりをしていたけど、でもいざとなると逃げちゃうような人だったし。私が担任の教師にいたずらされたときも、怒り狂ってそいつのところに押しかけようとするママの後ろで、パパは私に言ったんだよね、「なんでひとりで教室に残ってたんだ」。ママは振り向きざま、パパの顔を思いっきり殴って、「そんなことしか言えないの」そう怒鳴ってたね。
 
でも、ずるくて弱い人だったけど、実は私、パパのこと好きだったのよ。ママのことよりずっと。だって、ふつうにしていられたもの、パパのそばでは。パパのこと、だめだなあ、やだなあ、と思うことで、自分のダメさ加減をいとおしいように感じることができたの。人は誰だって、息をしていることがいちばん大事なんだよ、パパがいつか言ってくれた言葉です。困ったような表情で言ってた記憶があるから、パパは言い訳のようにして言ったんだろうけど、でも、私の胸にはストンと落ちて、今でもちゃんとここに居座ったままなのよ。
 
ママはそういうパパがいちばんイヤだったのよね。ママは強い人だものね。思ったことを口にするから敵も多かったし、正義感だけじゃ生きていけないよ、っておばあちゃんにもよく嫌味を言われてたでしょ。ケンカしても、ママは絶対に泣かなかったし。たいていおばあちゃんが先に泣き喚いてた。あのキツイおばあちゃんがね。
 
再婚のこと、おばあちゃん、怒ったでしょ。だって、あのおばあちゃんは息子のことしか愛していないような人だし。
 
ママ、やっとあの家を出て行けるのね。でも私はパパが死んだときに出て行くものだと思っていたから、むしろあれからずっとおばあちゃんといたことのほうが不思議。どうして? 息子を亡くしてすっかり弱くなったおばあちゃんを見捨てられなかったの?
 
でも、とうとう出て行くんだ。いいんじゃない? ママはまだ若いし、これからだものね。私はさっきも言ったように、異論はありません。ママはママで楽しく生きて。それですべて解決だよ。
 
ただ、なんでこの手紙を書いたかっていうとね、パパのこと、最後に伝えておきたかったの。ママは嫌がるだろうけど、パパはママを愛していたよ。パパはちゃんと愛したのに、ママが見なかっただけ。違う? 情けないやつだけど、でもちゃんと見ててあげたら、結構がんばったかもしれないのに。おばあちゃんとママが私の進路のことですごい言い争いをした夜のこと、覚えてるでしょ? ああいうのがもうたまんなくて、パパに言ったんだよね、「ママ、船橋のおじいちゃんのところにずっと行っちゃえばいいのに」って。ママが一人になった船橋のおじいちゃんのところにたまに手伝いにいくとき、うちはすごく平和だったんだもの。でもパパは怖い顔で怒ったの、「俺はママがいなくなったら生きていけないよ」って。そのときわかった、ああ、パパは私よりおばあちゃんよりママが大事なんだって。
 
ママ、私のことはもう大丈夫。仕事もだいぶ慣れたし、がんばれそう。たまにはおばあちゃんのようすを見にいくから。ママはもう後ろを振り向かずに歩いていっていいよ。あの家を卒業しちゃっていいよ。
 
さよなら、ママ。元気で。


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