2013.8.15(木)
■今年も「終戦記念日」と「母の誕生日」です
終戦記念日で、母の誕生日。
母は、朝、仏壇に手を合わせ、亡くなった父と息子のことを思ったそうです。
「ここまで長く生きてきちゃったなと思ったわよ。命を分けてもらったのだから、元気で長生きしなくちゃね」
そういうことを以前は言わなかった人だけど。
去年、私の相方に「友だちはみんな、もういつ死んでもいいって言うけど、ワタシはなんだか死なない気がするのよ」と言ったらしい。
それ以来、私たちの間では、彼女は「不死身の○○子さん」と呼ばれている。
その彼女も、さすがに昨日は「謙虚」になったかな。
暑い中、電車に乗って「少年H」を見てきたとか。今度、感想をきいてみよう。
母もだんだん少なくなっている「戦争を知っている」世代の人です。
私にとっては「反面教師」の人だけど、最近はそれが実は重要なんだってことがわかってきた。
戦争を知らない人が増えているというのは、この国があれ以来戦争をしていないという証で、それはもちろん悪いことではないんだけど。
でも、実際に話をきいたり、新聞や本で読んだり、TVで見たりして、政治家や実際に指揮をした人ではなく、庶民、ふつうに生きて暮らしていた人がどのようにして巻き込まれ、さらされたかを知ることは、ほんとうに大事なことなんだと、最近はさらに実感する。
戦争の犠牲になった人々をしのぶことが、こんなにも複雑怪奇になって、政治に利用されてしまっていることが残念。
本来、死者をお参りするのに徒党を組むことの不自然さも感じる。
あの神社は、政治に利用されてしまって、ただお参りしたいのに、という遺族の声は届いていないのだろう。
ちなみに、本来、人はそれぞれの方法で死者を弔うのが自然ではあると思うけど。
どうにかならないのかな、と毎年思っているけれど、この政権になって、ますます難しくなったようです。
戦争をすれば、味方にも犠牲者が出て、同時に戦った相手にも同じことが起こる。戦後の国々との関係がどうであれ、どちらの犠牲者にも同じように冥福を祈れる国で(人で?)ありたい。
ちなみに、母は孫息子の二人からそれぞれに、「おめでとう!」の電話をもらって、それがいちばんうれしかったみたいだ。
「終戦記念日」→祖母の誕生日、は彼らの中で瞬時に脳内変換されるみたい。
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