神奈川絵美の「えみごのみ」

オールスターズで狐の夜咄 - 二月文楽 第三部 - その2

(前回の続き)


グランドアーク半蔵門で楽しいティータイムを過ごし……


いざ、文楽公演へ!
二月第三部の演目は「御所桜堀川夜討」より弁慶上使の段と
「本朝廿四孝」より十種香の段および奥庭狐火の段。
どちらもメジャーな演目で、歌舞伎でもよく上演されているそう。


「御所-」は頼朝と義経の仲が悪くなりかけたころの話で、
義経の奥さん、卿の君が平家の血筋だったことから、頼朝がこれにいちゃもんをつけ
忠義があるなら卿の君の首を差し出せ、とむごいことを要求する。
弁慶はそれを伝えに、彼女が住んでいる館へ向かう。

でも卿の君は身ごもっているし、彼女を世話している夫婦(侍従太郎と花の井)としても
受け入れがたい要求。そこで、歳格好の似ている腰元、信夫(しのぶ)に身替りを頼む。

信夫は承諾したが、たまたま居合わせていた母、おわさは受け入れない。
実はこの子の父は、一度だけ夜をともにした稚児(当時)で、今も行方がわからない。
この子も父に会うことを切望していた。父の顔を見るまでは、死なせない。と
強固に言い張って……  という話。

(まあ、ここまで書くと、父が誰だったか想像がつくと思いますが)

見所としては、おわさの(名前通り)わさわさしたおしゃべりっぷり、
表情の豊かさ。
弁慶も、写真の通りの大男で、“泣かない男”が涙にくれるなど
情感豊かに演じられていますが、
全体的に人形の動きが少なく、身替りものという現代においてはどうにも
不条理なテーマということもあり、ちょっと感情移入しにくかったです。

でも今回私は「床」にとても近い席で、今まではわからなかった
義太夫の息遣いや、発話の柔らかい感じとか、
三味線の音も含めて、しっとりした温かみを感じました。

---------------

さて、一転、エンターテイメント性に富んでいた「本朝廿四孝」は……

こちらは武田と長尾(上杉)の時代。
写真は武田勝頼の許嫁、八重垣姫。
一度も会わぬまま、勝頼が切腹してしまったという報せを受け、
悲嘆にくれながらお香を炊き、彼の肖像画を眺めている。

ところが……


実は切腹したのは別人で、本物の勝頼は
花作り(植木屋さんのような職業)に姿を変え、自分の屋敷にいた!
喜びも束の間、長尾がその潜入に気付き、暗殺しようとする。
それを阻止したい八重垣姫は、長尾が武田から借りたまま
返そうとしない「諏訪法性の兜」(写真)を手にとると、
何と狐の霊力がとりついて……


狐がわんさか。
彼らの力を借りて、通常では渡れない諏訪湖を渡り、
勝頼のもとへ暗殺計画を知らせにいく…… と、ざっとこんな話。

何と言っても圧巻なのは、蓑助さんと勘十郎さん(狐の霊力が宿った後)の八重垣姫。

霊力で?着物も帯も「キツネ火」柄に。

八重垣姫に霊力が宿った後の、“普通ではない”動きは
勘十郎さんの独壇場。
目配せしているわけでもないのに、義太夫や三味線の音とぴったり
合っていたのも、とても印象的でした。

ただ、イチバン心に残ったのは……。

まだ狐が憑く前、
八重垣姫が、花作りの若者を「勝頼さま」ではないかと疑い、
その場にいた濡衣という女性に問いただすも、彼女はなかなかクチを割らない。

さんざん
  「あの方は勝頼さまではないでしょうか」
            -「違います。ただの花作りです」
  「どうか仲をとりもって欲しい」
            -「そんなことはできません」と
押し問答が続き、
最後の最後で
「勝頼さまでもない人に、こんなに惚れ込んでしまった自分が
恥ずかしい。もう死んでしまおう」と、八重垣姫が言ったところで、
そんなに言うのなら白状します。実はやっぱりその男は勝頼さまなのです。
と濡衣が根負け。

その直後の

「へ?」

ぽかんとする八重垣姫の表情が、今でも目に焼き付いたままなのだ。

人間でいえば、「表情が固まる」とでも言うのだろうが、
人形はもともと顔は変わらないのにも関わらず、
この瞬間は確かに
「は? 今ナンテ言った?」と言いたげな表情になっていた。

たった1秒だ。
しかしこの1秒がこれだけ心を捉えるということは、
いかに蓑助さんの八重垣姫が
まるで生きているかのようにふるまっているかの裏返しだと思う。

あと1週間ほどの上演ですが、これからご覧になる方は、
この瞬間をぜひお見逃しなく……、と、初心者なのに偉そうでスミマセン。

--------------

もう一つ、これは蛇足かもですが……。
奥庭狐火の段はそういうワケで、友達いわく
「ディズニーランド的なエンターテイメント性があるよね」で、
最後は狐が勢ぞろいしてのキメポーズ。
観客もわっと拍手喝采。
でも、私は呂勢大夫さんの義太夫を、結びの言葉まで聴いていたかったので、
その声が観客の拍手でかき消されてしまったのは個人的に残念でした……。

(最後の一声まで聴きもらしたくないといったナーバスな望みではないのです。
今回は、「甲斐と越後の両将とその名を、今に残しける」という
余韻のあるワンフレーズがまるまる聴こえなかったので、残念だったのです)

床に近い席だったのに、三味線も聴こえなくなったし。

でも、ああいう舞台の流れでは、仕方ないのかも知れませんね。
お能のときにも思いますが、拍手のタイミングって難しいですね。

コメント一覧

神奈川絵美
yukikoさんへ
こんにちは
情報をありがとうございます!
今月はいい感じで、名キャストがばらけて
いますものね。
チャンスがあれば、行きたいなあ(歌舞伎の第二部も
…てまだ言ってる 笑)。
yukiko
こんにちは。今日は1~2部も見所、聴き所満載なので、通しで見に来ています。ダブルTomokoさんも週末お出ましとか、そうなんです、さっきチケット売り場で確認したら、まだ楽日まで各回とも珍しくチケット残っているようです。お時間あれば電話なさってみてはいかがでしょう?
神奈川絵美
Tomokoさんへ
こんにちは
わーい、ぜひぜひ楽しんでくださいね
私、清治さんはもちろん、素晴らしいと思っていますが、
富助さんの音も好きなんです。こう、しっとりと、
置いていくような弾き方。

私が行ったときも、空席がちらほらあったのですよ。
Y子さんによると発売時の売れ行きは良かった
そうなので、戻りが出たのでしょうか。
でも文句なしに楽しめる(本朝-は特に)演目です
Tomoko
こんにちは。
こちらの記事に触発されてか、急遽、T香さんのお誘いで、この週末に文楽を観にいくことになりました。もち、第三部であります。ウフ。
?年ぶり(・・・思い出せない)で観る文楽ですが、
私は清治さんの太が楽しみで~(ハート)。
それと、蓑助さんの芸のその後を拝見出来るのも楽しみです。
悪い意味ではなく、倒れられる以前の蓑助さんの人形遣いよりも、復帰後の方が私は好きなのでした。
おかげさまで咳喘息も治まりましたし、楽しんできま~す。(週末だのに切符がまだ残ってるというのがちょっと驚きでしたが)
神奈川絵美
straycatさんへ
こんにちは
いやでも私、こう書いておきながら思うんですが、
あの舞台の流れ、あのキメポーズの場面で
しーんとしていたら、それはそれで変なのでは、と。
一昨年観に行った、歌舞伎の旧亀ちゃんの狐の
宙乗りを思い出しました。あのときも拍手喝采でしたよね。

私、マニアックなんですが、大夫が語りを終えて床本を
掲げるところが大好きなんです(笑)
今回は呂勢さん&清治さんだったし、いつもより聴く方に集中していたかも
straycat
絵美さま♪

拍手のタイミング、難しいですよね。私も決めポーズの後すぐに拍手してしまったかも・・、反省です。
オペラのフライング拍手には眉をひそめたりするのに、文楽では気にしないというのはちょっと矛盾するようですが、絵美さんは職業柄、私より言葉に敏感でらっしゃるんじゃないかと。いつも義太夫語りをよく聞き分けてらっしゃいますものね。
でもそこは文楽も総合芸術、語り=言葉を楽しむ人あり、太棹の音色に酔う人あり、人形の動きに惹きつけられる人あり、台本に感心する人ありで、本当に色んな楽しみ方のできる多様な芸能だと思います。私はどちらかというと台本に感心するタイプかな~と自己分析して思ったりしています。
神奈川絵美
りらさんへ
こんにちは
無事お帰りになられて、良かったです~。
伊賀越道中双六、他のブログ友も観たと
おっしゃっていたような・・・オンデマンドで
私も観られるかしら。
歌舞伎の十種香&奥庭狐も見応えありそうですね。
機会あれば、私も観てみたいです
りら
時差ボケに感謝!
強烈な時差ボケ中なのですが、そのおかげでなんと土曜の朝(明け方?)4:45から放送されている「にっぽんの芸能」で文楽の「伊賀越道中双六 沼津」を見ることができました。
私は勘十郎さんの平作がすごい!っとまず感じたのですが、簑助さんのお米にも震えが来ました。
そんな体験をしたばかりに、またこちらで文楽のお話しを拝見するとは~。

八重垣姫は歌舞伎では何度か観ているのですけど、今度は文楽で観てみたい!

絵美さんの文楽解説、毎回楽しみにしています。
神奈川絵美
香子さんへ
こんにちは
いやーあらすじはすごく端折ってまして
でもまあ、適当でもあらすじがあれば、
それで文楽に興味を持ってくださる方が増えるかしらん、
なんて思うようになり、最近はちょこっとでも
書くようにしてます。

蓑助さん、襖に駆け寄ったり引き返したり、の
演技も緩急があって良かったと思いました
もちろん、勘十郎さんの狐八重垣姫も…。
ふふ、水に映った狐の顔が、わかりやすーい
マンガタッチで微笑ましかったです。
香子
さすが絵美さん
ワタシなんて「気になる方はご自分で…」のクチなので
不親切なブログこの上ありません(笑)

蓑助さんの八重垣姫よかったですよね。
あの後ろ姿はホント雄弁でした!
狐が兜に宿った後、姫が兜を持って池を覗いた時に
ちゃんと狐の顔が反対向きで映ってたんですよね。
あれには感心しました
(姫の顔も映るともっと良かったな…ともw)
神奈川絵美
とうこさんへ
こんにちは
あらすじはかなり端折っているので、
ネット検索などで補完いただければ

蓑助さんの八重垣姫、後姿の演技が素晴らしかったです。
文楽、東京公演は競争率高いですよね…。
とうこ
詳細なレポ、ありがとうございます。
本当、観た気分
文楽、なかなかタイミングが合わず行けないのですが、来月は!!と思ったら、行きたい演目、即完売状態でした。
人形とは思えない妖艶な動き・・・また行きたい!!と心底思います。
神奈川絵美
朋百香さんへ
こんにちは
早速のコメントをありがとうございます
蓑助さんは、チラシにあるような
「後ろ姿」だけの演技も絶品、悲哀が漂っていました。
勘十郎さんは、冒頭で狐の人形を遣って
一芝居するのですが、本当によく狐の動作を
研究されているんだなあ、、、と思わせる
リアルさにびっくりしました。

歌舞伎もいいのですが、私はどちらかというと
義太夫や三味線をじっくり聴ける文楽が好きかなあ…。
今度、お互い都合が良かったらご一緒しましょう
朋百香
http://www.tomoko-358.com
絵美さま
おおー、観てもいないのに観ているかのような
解説、ありがとうございました~。
「キツネ前」と「キツネ後」の八重垣姫、どちらも
興味津津。蓑助さんも勘十朗さんも圧巻でしょうね。
文楽はまた歌舞伎とはまったく違った面白さが
ありますよね。あの何とも言えない雰囲気、また
味わいたいな~と思います。
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