神話の中でオオクニヌシの幸魂・奇魂は自らを「やまとの国の三輪山(御諸山)に祀れ」と指示しています。
指示どおりに祀られた三輪山・大神神社の大物主神がこのオオクニヌシの幸魂・奇魂です。
倭大物主櫛甕魂という名前もお持ちです。
この名前の櫛甕魂も怪しい…。
ひょっとしてオオモノヌシが小さな蛇となって櫛笥に入っているのも櫛=越で、越を暗示している可能性はないでしょうか?
するとオオモノヌシは出雲の神と思いきや、越の神なのでしょうか?
神武天皇即位前紀では、神武天皇がヤマトにやってきたとき、ヤマトに盤踞していたのは「夷」だったことが歌われています。
蝦夷であるならば、出雲よりも越や関東のほうがそれらしい…。
櫛甕魂の櫛は奇であり越だとすると、甕とは関東の神と考えられる天津甕星の「甕」でしょうか?
天津甕星=天香香背男は関東といっても常陸方面と思われ、さきたまとは距離があり過ぎるかなぁ…。
関東には甕がつく神様がもう一柱。武甕槌です。
しかし武甕槌は出雲に国譲りを迫った神だからあり得ないか…。
いや、武甕槌や経津主が関東勢力で、出雲の国造りに尽力した神だからこそ、国を譲れといわれて禅譲に至ったのではないのでしょうか?
オオクニヌシは越や関東の力を借りて出雲の国造りをし、その関東に国を譲れと言われて譲ることとなったのでは?
タケミナカタが越を経由して諏訪に逃れたとの伝承は、国を譲らされた出雲の人々が国造りを助けたもう一方の勢力=越を頼ったから生まれた伝承なのでは?
あれ?そもそも出雲の古い時代に関東や越の影響はうかがえるの???
・・・となり妄想から覚めます。
櫛や奇が越と関係すれば妄想が妄想を呼び、色々面白いんですがねぇ・・・
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