アモーレ・カンターレ・マンジャーレ

自称イタリア人のオヤジが、好きなサッカーやらグルメやら、何でも不定期に気まぐれに書き綴るサイトです。

築地本願寺にて

2016-05-30 06:00:46 | つれづれ
先日所用にて築地に出掛けたついでに時間があったので、覗いてみたのが築地本願寺である。といっても中に入ったわけではないんだが・・・



 以前からこのインドの寺院みたいな本堂って気になっていたのだが、1934年の竣工にして、重要文化財に指定されているという。
 昭和の建築ではあるんだが、戦前のもので空襲の被害は避けられたということか・・・ときに、こちらの縁起を調べてみたところ、こんな感じだった

 かいつまんで紹介すると、江戸時代は日本橋横山町にあったが、明暦の大火(いわゆる振袖火事)で消失し、今の地に移転した由。
 ちなみに、そのときに地を埋め立てて土地を作ったところから「築地」という地名になった由。

 さらに言えば、浄土真宗本願寺派の新体制移行(2012年4月1日付)に伴い、正式名が従前の「本願寺築地別院」から「築地本願寺」になった由。
これにより、築地本願寺は全国唯一の直轄寺院となっているんだそうな。ちなみに西本願寺系なのだという。


 さて、うんちくはさておき、境内の中に入ると本堂の前は広く駐車場になっている。その中に開祖の親鸞上人の像があったりする。
 読者の皆様には今更だが、京都の本願寺は東西に分かれているが、これが門徒に苦しめられた徳川家康により、力を分散するための施策であったことは有名だ。

 京都駅の近くにあるのが東本願寺で、ここの御影堂は何を隠そう世界最大の木造建築なんだそうな。築地本願寺は、西本願寺系だからこちらではない。
 さて、境内の中にユニークなモニュメントがあった。こちらは何? と思ったら、台湾の戦没者の祈念碑だという。

 そして肝心の本堂だが、夕方ということでライトアップも始まっていて、なんとも
荘厳な雰囲気になっていた。
 なんとも美しく、思わず合掌してしまいたくなるような・・・やがて、本堂から出てきたお姉さんがいた。気のせいか、ずいぶん神聖なイメージに見えた。

 ということで、建物を出るときは本堂に向かってお辞儀して退去した。小生には珍しく心が安らいだひとときだった。


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