アモーレ・カンターレ・マンジャーレ

自称イタリア人のオヤジが、好きなサッカーやらグルメやら、何でも不定期に気まぐれに書き綴るサイトです。

東京タワー

2016-01-14 06:00:06 | つれづれ
小生の小学校のときの修学旅行は東京だった。戸塚で降りてコカコーラの工場に行き、そこから首都高で羽田空港に向かった。途中で川崎大師の大きな屋根を見てびっくりしたことを覚えている。


 羽田空港からモノレールに乗って浜松町に出て、途中の記憶がないが宿に入った。本郷にある「朝陽館本家」という宿で、調べたら今でも残っている。が、ホームページがないところがいかにも・・・だ。
 この日の田舎者の我々のメインイベントは夜だった。バスで銀座を通過し、お昼のように明るい通りにバス中が大騒ぎになったことを覚えている。

 そして向かったのが東京タワーである。その時の夜景は、やはりなんともすごい記憶であった。なんという前振りはおいて、先日久しぶりに東京タワーに出かけてきた。
 今では展望台より高いビルも珍しくはないし、東京の人にとってはあえて行くところでもないとも聞く。

 だが、何十年ぶりかに登ってみたのは、ちょっとしたノスタルジー気分でということと、なんか違う夜景が見えるような気がしたからだ。
 はたせるかな、六本木ヒルズとか新宿あたりの高層ビルから見る夜景とは違うものに見えた。それは小学生のときに見た風景と重なったからかもしれない。


 今冷静に考えてみると、小生が修学旅行で東京タワーに上ったときは、タワーができてから20年経っていなかったわけで、それがぼちぼち60年という・・・
 この間に失ったもの、得たもの・・・社会にとっても、自分にとっても・・・とても書ききれない。

 別に何があるわけではない。夜景を眺めただけだ。でも、そのひとときに、間違いなく小生は昭和の真っただ中にいた。
 平成に入って28年になる。もはや昭和というとノスタルジーのきわみになった。そういえば、小学旅行の翌日は、朝一番で皇居前広場に行った。

 そこから上野動物園に行き、さらに神田淡路町にあった交通博物館、そして大丸百貨店で買い物をして、こだま号に乗って伊豆に帰った。
 交通博物館はメチャクチャ面白かったが、今はなくなってしまった。大宮の方に移転しているが、当然まったくの別物だろう。

 このルートで何も変わっていないものがいかに多いか、今さらながらに確認できた。変わっているのは自分だけか・・・
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