仕事中に思い浮かんだので書いときます。
新説 眠り姫
「ちょっとあの腐った土地なんとかならないの?! こわくっておちおち生活できないわよ!!」
まただ。
また来た。例の土地への苦情だ。腐ったといっても、腐敗という意味ではないけれど。
「まことに申し訳ございません。こちらも頑張って処理を進めてるんですけれども」
「んもう! いったい何年待たせる気なの!?」
窓口にやってきた客は、顔を真っ赤にしてひとしきりの苦情を言うと、こちらの返答もそこそこに聞いて、勢いよくきびすを返して帰って行った。
「なんとかできるんならしてるっつの」
「なー。難題だわ」
「でもまあ国有地じゃないからさあ」
「いや私有地だから面倒なのさ。所有者百年前の人間じゃないか。なにこの生年月日。見なかったことにしたいよほんとに」
例の土地については、毎年、春になると、そう、イバラの花が咲くころになると、苦情を言う客がどっと押し寄せる。
その土地の周辺に住んでいる住民だ。イバラの花から漂う悪臭が、とんでもないのだ。
「百年も経てば、迷信も馬鹿話になる。そこはまず救いだな」
いくつかの文書を束ねながら、職員は言う。
「もう誰もこわがらない。さてと、滞納処分といきますか。税金の」
街の真ん中に、イバラまみれの広大な土地があった。土地の中央には、古城が建っている。
イバラと、気味の悪い昔話との合わせ技で、そこには誰も近づこうとしなかった。
それらは、町のお荷物だった。
昔々。
この町を治める王様がいましたとさ。
王様はぶきみな呪術師たちを何人かやとってましたとさ。
ある時、姫君7歳のお誕生会が開催されましたとさ。街の名士や有力者を招いて。
呪術師の一人は、招かれませんでしたとさ。うっかりミスだってさ。
呪術師さんは、非常に体面を気にするお方で、
鬼のように怒ってしまいましたとさ。
「てめえ俺にハジかかせてくれたな!!! おぼえとけよお前のムスメが17になったら呪い殺してやるからな!!」
鬼のように怒って、お誕生日会に現われてこんなふうに叫んで、退職願まで叩きつけて、二度とお城に現われませんでしたとさ。
王様は呪術師さんたちを雇うくらいなので、とっても迷信深いお方。
怒った呪術師さんの言葉を、真に受けてびびっちゃいました。
「うそ! なんで先生に招待状送らなかったの!?」
青くなって部下にたずねるっていうと、
部下はさらにまた青くなって、その部下に招待状の行方を聞きます。
「ありましたー。どうしよ机の引き出しのなかに入れっぱなしで。あの。あの人こっわい人だから、ええと上司から直接にこやかに手渡しがいいかなあと思って……忘れてました!」
「なにいいい!?」
部下の部下、来月付けの臨時異動で遠くへ左遷。
王様は呪術師さんにびびりまくりで、そんな時に欠員補充で採用された呪術師さんが言いました。
「それじゃあアタシが呪い返しの呪文を掛けたげますよ?」
王様大喜び。
「えっ? えっ!? いいの? それで呪い回避できるのっ!?」
「はいできますとも」
「じゃあ今すぐお願いすぐよすぐ!」
呪術師さん快く請け負いまして。
……百年後の今の状況になったわけです。
「『呪い返し』じゃなくって、『物理的に隔離』だよなあ」
「篭城だよなあ」
町役場の職員たちは、書類を整えながら口々にいいます。
「外来植物の凶悪な繁殖力を持つイバラで城を覆って、件のキレた呪術師が入らないようにしたんだろ?」
「おかげで住民から王様見捨てられたって。そりゃそうだよな。イバラのりこえてまで行きたくなんかないよ。そんな迷信信じるような王様のとこなんかに」
イバラに閉じ込められた地方の王の代わりに、国から事務的に「新しい王様」が派遣されて、現在に至るわけで。
「まったく。へんな土地残してくれたよ」
てなわけで。
個人(王様:死亡者)所有の腐った土地は、未納の税金がたまりにたまっておりました。
土地建物(城の敷地と、城)は差押えられてまして。未納の税金100年分は、時効を迎えることなく残っております。
迷信はすでに人々に通用しなくなる現代社会になりましたので。
差押えた土地建物を公売して売りさばきました。
腐った土地はたまった税金と共に消え去りました。新しい所有者は不動産業者さん。
町としても住民としてもそして町役場の職員としても「はースッキリ!」です。
そんでもって新しい所有者の不動産業者さん。
「まー。公売物件だから安かったし。更地にして賃貸住宅でも建てますかね」
あっさりと重機にて土地をまっさらにしました。
イバラも100年分のしぶとさはどこへやら、すっぱり焼却処分。
古い城も思い残すことなく、解体処分。
きれいなきれいな更地ができましたとさ。
広大な土地に住民向けの賃貸住宅をたてまして。
不動産業者さん、いい土地が安く手に入ってニコニコ。
住民の皆さん、ヘンな城とか嫌なイバラが消えてきれいな賃貸住宅ができてニコニコ。
町役場の職員、町中央のうさんくさい宙ぶらりんやっかい固定資産が消えてニコニコ。ついでに苦情も霧散しましたし。
めでたしめでたし。
……え? 城の中身の眠り姫だとか王族とかはどうしてるかって?
だから迷信なんだってば。城の中ですでに死んで一族郎党生きてません。遠い親族はそんなヘンな財産なんて、「相続放棄!」してますし。
……なまなましいなあ。
新説 眠り姫
「ちょっとあの腐った土地なんとかならないの?! こわくっておちおち生活できないわよ!!」
まただ。
また来た。例の土地への苦情だ。腐ったといっても、腐敗という意味ではないけれど。
「まことに申し訳ございません。こちらも頑張って処理を進めてるんですけれども」
「んもう! いったい何年待たせる気なの!?」
窓口にやってきた客は、顔を真っ赤にしてひとしきりの苦情を言うと、こちらの返答もそこそこに聞いて、勢いよくきびすを返して帰って行った。
「なんとかできるんならしてるっつの」
「なー。難題だわ」
「でもまあ国有地じゃないからさあ」
「いや私有地だから面倒なのさ。所有者百年前の人間じゃないか。なにこの生年月日。見なかったことにしたいよほんとに」
例の土地については、毎年、春になると、そう、イバラの花が咲くころになると、苦情を言う客がどっと押し寄せる。
その土地の周辺に住んでいる住民だ。イバラの花から漂う悪臭が、とんでもないのだ。
「百年も経てば、迷信も馬鹿話になる。そこはまず救いだな」
いくつかの文書を束ねながら、職員は言う。
「もう誰もこわがらない。さてと、滞納処分といきますか。税金の」
街の真ん中に、イバラまみれの広大な土地があった。土地の中央には、古城が建っている。
イバラと、気味の悪い昔話との合わせ技で、そこには誰も近づこうとしなかった。
それらは、町のお荷物だった。
昔々。
この町を治める王様がいましたとさ。
王様はぶきみな呪術師たちを何人かやとってましたとさ。
ある時、姫君7歳のお誕生会が開催されましたとさ。街の名士や有力者を招いて。
呪術師の一人は、招かれませんでしたとさ。うっかりミスだってさ。
呪術師さんは、非常に体面を気にするお方で、
鬼のように怒ってしまいましたとさ。
「てめえ俺にハジかかせてくれたな!!! おぼえとけよお前のムスメが17になったら呪い殺してやるからな!!」
鬼のように怒って、お誕生日会に現われてこんなふうに叫んで、退職願まで叩きつけて、二度とお城に現われませんでしたとさ。
王様は呪術師さんたちを雇うくらいなので、とっても迷信深いお方。
怒った呪術師さんの言葉を、真に受けてびびっちゃいました。
「うそ! なんで先生に招待状送らなかったの!?」
青くなって部下にたずねるっていうと、
部下はさらにまた青くなって、その部下に招待状の行方を聞きます。
「ありましたー。どうしよ机の引き出しのなかに入れっぱなしで。あの。あの人こっわい人だから、ええと上司から直接にこやかに手渡しがいいかなあと思って……忘れてました!」
「なにいいい!?」
部下の部下、来月付けの臨時異動で遠くへ左遷。
王様は呪術師さんにびびりまくりで、そんな時に欠員補充で採用された呪術師さんが言いました。
「それじゃあアタシが呪い返しの呪文を掛けたげますよ?」
王様大喜び。
「えっ? えっ!? いいの? それで呪い回避できるのっ!?」
「はいできますとも」
「じゃあ今すぐお願いすぐよすぐ!」
呪術師さん快く請け負いまして。
……百年後の今の状況になったわけです。
「『呪い返し』じゃなくって、『物理的に隔離』だよなあ」
「篭城だよなあ」
町役場の職員たちは、書類を整えながら口々にいいます。
「外来植物の凶悪な繁殖力を持つイバラで城を覆って、件のキレた呪術師が入らないようにしたんだろ?」
「おかげで住民から王様見捨てられたって。そりゃそうだよな。イバラのりこえてまで行きたくなんかないよ。そんな迷信信じるような王様のとこなんかに」
イバラに閉じ込められた地方の王の代わりに、国から事務的に「新しい王様」が派遣されて、現在に至るわけで。
「まったく。へんな土地残してくれたよ」
てなわけで。
個人(王様:死亡者)所有の腐った土地は、未納の税金がたまりにたまっておりました。
土地建物(城の敷地と、城)は差押えられてまして。未納の税金100年分は、時効を迎えることなく残っております。
迷信はすでに人々に通用しなくなる現代社会になりましたので。
差押えた土地建物を公売して売りさばきました。
腐った土地はたまった税金と共に消え去りました。新しい所有者は不動産業者さん。
町としても住民としてもそして町役場の職員としても「はースッキリ!」です。
そんでもって新しい所有者の不動産業者さん。
「まー。公売物件だから安かったし。更地にして賃貸住宅でも建てますかね」
あっさりと重機にて土地をまっさらにしました。
イバラも100年分のしぶとさはどこへやら、すっぱり焼却処分。
古い城も思い残すことなく、解体処分。
きれいなきれいな更地ができましたとさ。
広大な土地に住民向けの賃貸住宅をたてまして。
不動産業者さん、いい土地が安く手に入ってニコニコ。
住民の皆さん、ヘンな城とか嫌なイバラが消えてきれいな賃貸住宅ができてニコニコ。
町役場の職員、町中央のうさんくさい宙ぶらりんやっかい固定資産が消えてニコニコ。ついでに苦情も霧散しましたし。
めでたしめでたし。
……え? 城の中身の眠り姫だとか王族とかはどうしてるかって?
だから迷信なんだってば。城の中ですでに死んで一族郎党生きてません。遠い親族はそんなヘンな財産なんて、「相続放棄!」してますし。
……なまなましいなあ。