数日前のテレビで弘前公園の桜が紹介されていた。弘前城を中心とする広大な公園で、2,600本の桜で埋め尽くされる、東北でも有数の花見の名所である。その中継映像を見ていて、昔この城を訪れた当時の出来事を思い出した。
50年前の話である。秋の半ばに仕事で弘前市に出張した。その頃ある企画を進行中で、上司から弘前を見て来いと言われたのである。その日は午後遅くに用件が終わったあと、相手方の課長から弘前城を案内してもらった。天守前の広場から見る城の西方は眺望が開けており、目の前に雄大な岩木山が横たわっていた。津軽富士とも称される名山である。口数の少ない年配の課長は、春になるとお城が桜で覆われますと言った。
日暮れ近くに城を出た。せっかく九州から御出でになったのだからと、その人は私を郷土料理の店に連れて行ってくれた。美味しい酒を飲み、互いのお国事情などの話をして北国の味を堪能した。翌日は特急バスに乗り、林檎畑の広がる黒石町から十和田湖、奥入瀬川と、八甲田山麓を越えて青森市へ出た。実のところ慰労のような出張だった。いまと違って東北は遠い地方であった。
年が明けた1月の終わり、弘前の課長から手紙がきた。春に九州へ行くのでそちらに寄りたい、ついては宿の手配を頼むというものだった。正直いって慌てた。来るのは一人ではなかったのである。上司から、お前が招待したのかと言われた。
それでも遠来の客だからと、先輩と二人で世話係を仰せつかった。一行が到着してから翌日、国鉄駅に送り届けるまで、送迎のマイクロバスや夕食、宿舎や視察先の手配と先輩に助けてもらった。駅で別れる時、実直そうな課長は面倒を掛けましたと恐縮していた。どうやら、一夜の宿だけを頼んだ積りだったらしい。
その後しばらくして、職場に大きな木箱が届いた。バールで木箱を開けると、籾殻の中から30個ばかりの林檎が出てきた。赤い津軽の林檎だった。
(フリーフォトより)
有難うございました
団体さんでの来訪には困惑しましたが、林檎の贈り物に東北人の実直さを感じたものです。