江戸時代、農業用水を引くために筑後川の中流に4つの井堰が築造されました。この日は、そのひとつ朝倉市にある山田堰を訪ねました。
山田堰の特徴は「傾斜堰床式石張堰」であることです。普通、井堰は川を横断して築かれますが、山田堰は水圧を緩和するため、川の流れに対し斜めにつくられています。堰があるのは川が大きく左に湾曲している地点です。砂利が堆積しやすい地形を利用して、高低差を設けながら石張りの堰がつくられました。
堰には中舟通しと南舟通しの流れがつくられています。筑後川では、昔は日田から下流の大川までいかだを組んで木材を運んでいました。ここでも船通しをいかだが下っていました。しかし夜明ダムの建設とともに昭和27年をもっていかだ流しの風景は姿を消しました。
手前は土砂吐きからの水流です。堰の下流部分で三つの流れがぶつかりあい、水勢が弱まります。増水時には石張りの上を水が流れることでも流速が減衰するなど、利水と治水を兼ね合わせた合理的な構造になっています。
ペシャワール会の中村哲医師は何度も山田堰を視察に訪れています。そして大規模な土木工事がいらず、地元の力で補修が可能なこの山田堰をモデルに、アフガニスタンで堰を築いて灌漑事業を行いました。山田堰は「世界かんがい施設遺産」に認定されています。
水は地形に沿って緩やかに右岸へ導かれ、岩盤をくり抜いた堀川用水の取水口から取り込まれます。
取水口の上にある水神社。筑後川の中流域では各堰から農業用水が引かれ、広大な田園を潤しています。水に対する感謝の念をこめ、各所に水神社が建立されました。
鳥居の下は山田堰と取水口です。鳥居には天保4年の銘。
堀川用水の流路は堰から11キロに及びますが、この辺りは土地が高かったので水車で揚水しています。いまは菱野の三連水車のほか、三島、久重の二連水車が実働しています。水車は6月下旬から10月ころまで稼働し、江戸時代から続く田園地帯の風物詩として見学者が絶えません。
菱野の三連水車。先々月もここへ来ました。水車が水の力で回転して、そして水を汲み上げる様子は理科の実験を見ているようで、何度来ても見あきません。
水車は役目を終えると解体されるので、釘を使わず太い竹べらで組み立てられています。
水車の軸受けも竹べらで固定されています。
この日は靄がかかっており、遠くの耳納連山はかすんでいました。
いつものようにすぐ近くの養蜂場へ寄りました。喫茶室の横にモデル蜂場があり、いつも蜂蜜入りソフトクリームを食べながら蜜蜂たちを眺めています。
巣箱をあけるときは、燻煙器を使って蜜蜂をおとなしくさせます。
昨日は我が家の庭でツクツクボウシが鳴きました。暑い日が続いていますが、和歌にも詠まれているように秋は着実に忍びよってきています。
そうなんですか?
どうしてするのかなぁと思っていました
先日の大雨依頼、気になっているあのあたりの風景です。
蜜蜂は煙が苦手で、一時的におとなしくなるそうです。
以前のようにドライブすることが少なくなり、
朝倉方面へ行くのは久し振りでした。