今回の同窓会では、ガンジが新しい人を連れてくると言っていたので楽しみにしていたのだが、当日私は予定の時刻に少し遅れ、そんなことはすっかり忘れて集合場所に到着すると、新しい人はいたのだった。
まずはA子さんとオカくんで、こちらのお二人とは池袋の集まりで顔を合わせていた。もう一人、Y紀さんがいらしていて、こちらとはたしかに初めてというか数十年ぶりなので、一瞬だれかと戸惑ったが、目に特徴のある方だったので、すぐに思い当たった。
この日も新宿駅西口近くの紀州系の居酒屋へ。
「今日来ていた女性陣は旧姓〇〇さんでいいんだっけ?」「そりゃ、なかなか言えないデリケートな質問」などと男性陣は話しながらお店まで移動。
ケヅカくんとは6月に石巻で行われたチャリティーコンサートの話をいろいろうかがった。私がツイッターでフォローしている方がたまたまチケットの写真をアップしたのがタイムラインに出たため、私がリツィートし拡散していたのだ。(用語多くてすみません。)毎年行っているそうだが、私も時間が合えばちょっと鑑賞にうかがいたいと思った。
なおケヅカくんは小学校5,6年時に隣のクラスで、納屋先生が担任で非常に豁達なクラスだったことを覚えている。そのあたりを話すと、結構クラス内の勢力争い(男子)が激しくて「ヤンダごどもあったなあ」とのこと。「お前、どっちのグループに入るんだ」的なことがあって学校に行くのがつらい時期もあったそうだ。うーん、傍から見ていて分からないこともあるものですね。ウチのクラスも楽しかったけれども、いろいろ問題もありましたから。5,6年生というのは難しい時期なのかもしれません。
Y紀さんは石小時代、3,4年生時に同じクラスだったので、当時の担任の先生の話で盛り上がった。
3年では阿部金次郎先生、4年では菅野強子先生、どちらも私にとっては思い出深い先生だ。
阿部金次郎先生はたいへん優しいオジサン先生で、授業中にワタナベくん(だったと思うが)がよく興奮して走り回っても決して叱らず笑顔で接してあげていたのをよく覚えている。普通なら厳しくしかりつけるところをそうしなかったのでストレスも感じたが、金次郎先生の人柄で納得していたようなところがあった。
菅野強子先生は小学校時代で一番好きな先生で、40代ぐらいのオバチャン先生だったが、カラッした性質で、厳しい時と優しい時のメリハリがあって、私自身伸び伸び過ごせた記憶がある。クラスにモニワくんという成績優秀だがちょとワガママな男の子がいたのだが、そういう子も褒める時は褒め、叱る時は叱る、そうしてあまり後に残さない、そういう気持ち良さがあった。私が体育の時間に雲梯で指を擦りむき出血したので「保健室に行っていいですか」と訊くと、菅野先生は私の指を見て、結構な量の唾を自分の指につけ、私の傷の部分にグチャグチャっと塗りつけると、「これで大丈夫!!」と言い放った。私は「汚い~~!」と思いつつも、その思い切りの良い対応?に納得させられらたものだ。(唾は殺菌作用があるから実際には汚くはないのだが。)
Y紀さんは菅野先生とはかなり長期に渡って年賀状のやり取りをしていたそうだ。話していて、菅野先生の自宅が私は泉町だと思っていたのだが、どうも日和山の方だということで、ちょっと今度確認してみようかと思った。
中学の同窓会なのに小学校の話題が多くて恐縮なのだが、もう一つ小学校の話題。石小の講堂が解体されたそうだ。おそらく震災時にだいぶ傷んだのであろう。もともと古い建物で、「体育館」ではなく「講堂」と呼ぶのがなるほど確かにふさわしい建物ではあった。奥の便所で昔誰かが自殺したしたとかいう伝説もありました。何らかの形で保存できなかったかなと少し残念に思いますが、新しい立派な建物ができることを喜ぶことにしましょう。
A子さんとは、お子様の通われている学校の話をさせていただいた。複数のお子さんを異なる学校に通わせていて、それゆえ学校の違いについていろいろ感じられるところがあるようです。学校ってのは入ってみないと分からないところもありますから、難しいところですね。
私らの年齢では子供も青年期を迎える場合が多く、就職を間近に控える子供を抱えることも多い。安くない授業料を払っているのにそれに見合うものを提供しているのかと親として疑問を持つのは非常によく分かりますね。最近は少子化で、どの学校も生き残りに必死なわけですが、入試方法やシラバスなどについて改革はあっても、肝心の教育内容の充実は簡単ではないはずですからねえ。
A子さんについては、お家の位置を私がこれまで確認できていなかったので、そのあたりを訊いてみたら、やはり私が勘違いをしていたようで、ターワンの通りではなく、蒲耳鼻科さんに近い方の通りなのだと分かった。昔そのあたりには洋食屋さんがあって(名前が思い出せないが、白い調理服とコック帽が印象的だった)が、店の配達でよく行ったところで、まっすぐ行くとコーリャンの家に着くあたりだ。今度の帰省の際には確認しておくことにします。
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さてこの日は、ガンジたちの活動として、中学時代の担任、アベサトコ先生を囲む「里和会」という会のようすを知ることができた。この学級は中学卒業後も折に触れて連絡を取り、親睦を深めてきたようです。
そして同級生に音楽愛好者の多いことも生かして、次のような歌を作り完成させました。youtubeにアップしてあるというので早速視聴してみました。
何だー、これは!!!!? プロ並みじゃないですか!?(考えてみればプロもいるのですが。)それにしても見事です。
これ以外にも同窓会の招待状の返信にある同級生たちの近況を読ませていただきました。他のクラスのことですが、知っている方の名前もあり、たいへん懐かしい思いをいたしました。本当に素晴らしい活動だと思います。
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この夜は10時過ぎまで非常に楽しいひと時を過ごし、お開きの後、トッシュロとオカくんともう一軒、東口のオカくん紹介のHUBというアイリッシュパブ的なお店で呑んだ(異様に混んでいました)。私らの世代の今現在における肉親との関わり方など軽い話重い話いろいろすることができました。オカくんは仕事柄アルコールには詳しいのですが、日本酒も好きらしく、現在N区に職場が変わり、それがトッシュロの自宅とも近いので、日本酒好きの3人で今度そのあたりを徘徊しましょうと約束し、この夜は新宿を後にしたのである。
20130706 石中同窓会にして里和会
付記1
解体といえば日和山の鹿島御児神社も解体されるそうです。それとこの同窓会の当日は、大文字屋の倉庫の解体の日でありました。いやぁ、この日は解体が多かった。
付記2
この日はトッシュロもカメラを持参。本人に連絡すればメールで送ってもらえるかもしれません。
追記
鹿島御児神社に関しては、資金難らしく、本殿の造営のための支援金を募っているようです。→ 鹿島御児神社HP
2月以降どうにも忙しくてなかなか時間がとれませんでしたが、最近ようやく落ち着きつつあります。
6月7日は相変わらず微妙ですがなんとか参加したいと思っています。
今年はGWに石巻の桜を見に行くつもりが叶いませんでした。来年こそは、です。
次の帰省は川開きになるかな。