小馬太郎兵衛@タコのイカ踊りぃっ!!

ブログの老後をユラユラ楽しむ悦楽ブログって言ったけどさ、もう一発くらい狙ってもいいのかな。やってもいいかな?

ああ青春の一頁、「ぴあ」休刊

2011-04-22 23:59:59 | 芝居探検隊
ケータイもネットもない頃は、週末のレジャーやエンターテイメント情報はこの雑誌が頼りだった「ぴあ」が、ついに役割を全うし、歴史にピリオドを打つことになりました。

ぴあ首都圏版、休刊へ…HPの情報提供は継続(読売新聞) - goo ニュース
映画やコンサート情報を紹介し、1980~90年代の若者文化をリードした情報誌「ぴあ」首都圏版(隔週刊)を7月21日発売号で休刊すると22日、ぴあ株式会社が発表した。

 インターネットで情報を無料検索できるようになり、80年代後半に53万部に達した部数は6万部に落ちていた。同社ホームページでの情報提供は、これまで通り続ける。

 「ぴあ」は72年、当時学生だった矢内廣社長が月刊誌として創刊した情報誌の草分け。著名人を描いた及川正通さんの表紙イラストでも親しまれ、79年に隔週刊、90年に週刊となったが、2008年から隔週刊に戻った。中部版は昨年6月、関西版は同10月に休刊している。


え~。
素のあたしをご存知の方でお付き合いがそこまで深くない方にとっては、実はあたしが昔、舞台でしょっぱい汗を飛ばしていた演劇青年もどきだった事実を知ると、多分愕然となさると思います(^^ゞ
まあ、あっしにもそんな時期がございまして。
今でも秋深まる季節に、高校演劇の県大会の立て看板が立っているのを見ると、胸が思わずキュンとするんですよ。

あたしが高校時代の演劇関係の情報は、もちろん今みたいにケータイもなければインターネットもなし、わずかにniftyのパソコン通信が黎明期だったと記憶するけれど、おいらが高校生だった1990年代初頭は、パソコン通信に手を出している人などは、パソコンをいじるのが好きだった一部の人の間で出回っていたもので、情報源といえば、すべては先輩たちの口コミか、或いは毎週発行される「ぴあ」での情報が頼り。もちろん、芝居を見に行ったときに大量に持ち帰らされるパンフレットも情報源には入っているけど(・・;)
おいらのばあいは、在籍していた高校の演劇部がちょいと特殊な事情がございまして…というより、要は野郎がおいら一人だけだったということもあって、同じ部活の奴らと芝居を見に行ったことがないんでやんすよ。
わざわざ誰かを出し抜いて一緒に見に行く気も起きなかったというか、一人で行動することが多かったから、今思うと好きな子に「今度第三舞台のチケット取れたら一緒に行こうぜ」くらいの策略を取ればよかったのに(´・ω・`)
っていうか奥さんちょいと聞いて下さいよ。
これはやっぱり現代の流れなんですよね。
今の若い人…っていうか、演劇をしているという現役高校生に、第三舞台っつったら通じなかったんですよ(´・ω・`)
今年の11月から活動を再開するようだけれども、2001年から10年間活動を停止している劇団だけに、いくら演劇界の一時代を築いた劇団でも、高校生の意識の中には入って行かないんだな…。
まあ、私らの世代でも、いわゆる「アングラ」と呼ばれた寺山修司だの唐十郎だのってのは、なかなか意識の中には入って行かなかったしねえ…。

で、たいていの高校生はみなそうだろうとは思うけれど、だいたいがカネを持ってないので、外部の芝居、それも人気劇団を見に行こうと思ってもなかなかおいそれと行けず、せめて他校の先輩たちが大学の仲間で組む演劇ユニットを、池袋あたりに安値で観に行くことがあるくらい。
そんななかでたまに小遣いが余っていたら「ぴあ」を買い込み、今度はどこの芝居を見に行こうかな…なんてことを夢想しだすのだけれど、もちろん小遣いも少ない頃だったから、交通費と観劇料の天秤にかけて、なるべく安い方へ安い方へと流されてしまうのは致し方ないこと。
練馬で1000円の芝居をやるといえば出かけ、近場でもやるといえば工面して出かけ…という生活だったなあ。
高校の部室に流れてくる関係者用の割引チケットを含め、工面して行けるところはなるべく見るようにしていたっけな。
なので、高校時代にしっかりした芝居を見せる劇団を見ておけば、演技の勉強にも役立ったのだけれど、それがなかなかできなかったのは、演技を独学で学んでいた身からすれば、まさしく痛恨の極み。
先に触れた、当時人気絶頂だった「第三舞台」も、結局は観に行くことができたのは浪人時代だったし、キャラメルボックス(これは今でも大人気)はつきあった相方の影響で19歳になってから。すなわち、それが演劇欲を満たすことはあっても、己が部活動で勉強していたはずの演技の血となり肉となりえたか…といわれれば、答えは残念ながらノーとしかいえない。全く無駄な勉強をしていたものだ。

「ぴあ」といえば、演劇のタイムテーブルの下の方には、必ず下北沢だか千歳烏山だかどこかしらの俳優養成所や演劇研究所などの研究生募集の広告が入っていて、当時身の程を知らなかったおいら、いつかはこんなところで演技の勉強をしてみたいものだと目を輝かせていた、おめでたい時代があったのよ、あたしにも(´・ω・`)
うちの先輩が夏休みに、個人的にそうした研究クラスに通っていて、話を聞くだけで大きな刺激を受けたものだったが、残念ながら、その話も血とも肉ともならずに現在にいたっている。
もちろん研究クラスはそれなりに対価を支払えば、あとはオーディション次第でどーにかなっただろうが、本当に芝居を志すのなら、高校受験の段階でそうした分野に強い学校を受験するのがより近道だったろう。具体的には近隣の某甲子園出場経験のある私立高校とか。
本気で高校演劇を目指した進路を目指していたのなら、そうした進路の取り方は大いにあっただろうが、そういう意味では「演劇をしたいんだ」という本気度は少なかっただろうし、そうでなければごく普通の公立高校を選ぶ方が間違っているのである。
まあ、本気で演劇を目指して近隣の私立高校に行っていたら、ぼろくそに挫折していたかもねえ…。
一人今でもプロの役者として立派に飯を食っている奴が出たからねえ…。

芝居を見に行こうと思えば、「ぴあ」の存在は不可欠だった時代。

今はネットが発達して、どんなに小さな演劇ユニットでも、手軽に自分の集団の公演情報を発信することができ、それを各家庭やオフィス、学校のパソコン、或いはケータイを通じて手軽に受信することができ、なんとなればそのケータイからチケットを予約し、これはごく一部の大手劇団のみの動きだけれども、ケータイに予約したQRコードを送信し、劇場入り口でコードを示したケータイの画面をかざせばチケットレスで入場できる試みも現れている。
そして、チケットをぴあなどに委託販売するのなら、わざわざ雑誌を買ってこなくても、今は委託先のホームページを検索すれば一発でチケット購入画面までたどり着く事が出来る。

残念ながら、こうなってくると、いずれパンフレット以外の紙媒体は役割を終えていくのは、自然の理であろう。

ケータイやネットもなく、「TOKYO WALKER」などの情報誌もない頃の、芝居や映画のエンタテイメント情報を一手に担っていた「ぴあ」。
「ぴあ」の演劇面や映画面を開いて、週末のデートを計画した思い出のある方も多数いらっしゃることだろう。
それは今や、ネットに、ケータイにとって代わられている。
残念ではあるけれども、「役割を全うした」というコメントに、一切の偽りが紛れ込む余地はないだろう。

ありがとう。青春の忘れ形見、「ぴあ」。


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2 コメント

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そうだ! (小馬太郎兵衛)
2011-04-24 20:09:07
電話口でサクラのバイトをすれば何人か簡単に(ry

高校生の頃に、なんでそんな簡単な誘い出しの手を使わなかったのかと今更後悔します(・・;)
問題は当時電話受付でしかなかった、チケット争奪戦というはるかな壁を、どうのりこえればよいのか…ってーことですな(^^;)
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元演劇青年 (雷庵博人)
2011-04-23 21:55:33
>>「今度第三舞台のチケット取れたら一緒に行こうぜ」
これは良いナンパですね。今度、参考にします。高校生の方には第三舞台は遠い過去の存在でしょうね。三谷さんの東京サンシャインボーイズしかり。

どちらかと言うと、ウイニングポストのサードステージの方が馴染み深いです。

私も6ヶ月の短期とはいえ、高校時代に演劇部に在籍していたので、貴殿の語りには多分に心が動かされるのよ。

あっでも、小馬さんの美声は大したものですよ。
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