池田先生(創価学会インターナショナル会長)が、創価学会の南無妙法蓮華経を、となえる仏法(ぷっぽう)の信仰について、わかりやすい譬(たと)えで、説明されています。
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『人によって、「大きなエンジン」をもつ人と、「小さなエンジン」をもつ人がいる。
「大きなエンジン」をもっている人は、険(けわ)しい坂(さか)でも、楽しみながら前進できる。「小さなエンジン」しかない人は、小さな坂でも、息(いき)が切れて苦しむ。
勤行・唱題(ごんぎょう・しょうだい/南無妙法蓮華経を、となえていくこと)によって、、自分の生命のエンジンが大きくなるのです。それは、大宇宙(だいうちゅう)という「最高最大のエンジン」と、がっちりと「ギア」が、かみ合うからです。
どんな人の生命からも、「宇宙を動かす大いなる生命力」を自由自在(じゆうじざい)に引き出す「機械」を発明されたのが日蓮大聖人です。
戸田先生は、ご本尊様(ごほんぞんさま)を、『もったいないことだが、「幸福製造機」にたとえられる』と言われた。
生命力を強くして、幸福になるために、日蓮大聖人はご本尊(ほんぞん)を発明してくださった。その「使用法」の基本が勤行・唱題(ごんぎょう・ しょうだい/ご本尊に南無妙法蓮華経をとなえていくこと)なんです。
※ちなみに、ご本尊(ほんぞん)とは、仏(ほとけ)の生命そのものを、あらわしたものであり、自分の生命そのものを、あらわしたものでもあり、その必ず幸せになっていける仏(ほとけ)の生命が、自分自身の中にあることを、あらわしたものが、ご本尊(ほんぞん)です。
勤行している人は、不幸の方向に行かないように、生命の軌道(きどう)を整(ととの)えていける。
もちろん、祈った結果が出るには、「すぐに出る場合」と、草木がだんだん育つように「時とともに実現していく場合」とがある。また、とくに自覚(じかく)して祈っていなかったことが、あとから振(ふ)り返(かえ)ると実現していることもある。
ケースはさまざまだが、『よい方向へ』『よい方向へ』と向かっていく。
自分にとって『いちばん良い道』が開ける。これは絶対に間違(まちが)いない。』
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小さなエンジンだと、大変だ。生きることにも苦しいし、喜びも小さいかもしれにない。
けれど、大きなエンジンだと、幸せだ。なぜなら、馬力(ばりき)が違(ちが)うから、ちょっとくらいの坂など、簡単に乗り越えていけるし、大変なことにも負けないで挑戦していける。だから成長していけるし、その分、幸せも大きい。また喜びも大きい。
南無妙法蓮華経を、となえるていくと、自分の生命のエンジンを、どんどん大きくしていける。車の燃料がガソリンだとすると、人間の生きていくためのパワーとエネルギーは、『生命力』だと言えると思います。
ようするに、南無妙法蓮華経を、となえていくと、その生命力が、どんどん、大きくなっていく。どんどん強くなっていく!だから、ちょっとばかりの苦難(くなん)には負けないし、大変なことにも挑戦していける。しかも、生命力があるから、あらゆることを楽しんでいける。よろこびも大きい。
その生命力を生み出す源泉(げんせん)が、『南無妙法蓮華経』であり、『南無妙法蓮華経を、となえる』ことだと言える。
それだけでなく、南無妙法蓮華経をとなえていくと、自分のエンジンそのものを、大きくしていける。言い方を変えれば、『境涯(きょうがい)』が大きくなっていく。境涯が大きいと幸せも大きい。境涯が大きいので、よりたくさんの幸せ、喜びを味(あじ)わっていける。
それが、『南無妙法蓮華経を、となえる』ということなんです。
また、ご本尊に、南無妙法蓮華経をとなえていくと、不幸の方に行かない!
ご本尊に南無妙法蓮華経をとなえることは、まるで見えない未来に、幸せの道をつくるようなものなんです。
見えないはずの未来に、希望と夢と勝利の道を、作り出していく!
そういうスゴイことができるのが、ご本尊に南無妙法蓮華経を、となえていく!ということなんです。
だから、本当は、ご本尊に南無妙法蓮華経をとなえていくことほど、スゴイことはない。
幸せになっていく、これほど確実なことはない!また、これほど夢や希望をかなえていける道もない。
それが、創価学会が実践している、南無妙法蓮華経をとなえる仏法(ぶっぽう)の信仰なんです。
どうなるかわからない未来・・・。
どんな苦難が押し寄(よ)せてくるかもわからない。
その未来に最高の幸せの道をつくり、最高の希望と夢に向かって歩(あゆ)んでいける!
また、人生という山あり谷ありの道を進んでいくための、大きな大きな幸せのエンジンとなって、自分に、無限の勇気と希望を、もたらしてくれる!
その『幸福製造機』とも言えるのが、創価学会の『ご本尊』であり、南無妙法蓮華経をとなえる、仏法(ぶっぽう)の信仰なんです・・!!
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『人によって、「大きなエンジン」をもつ人と、「小さなエンジン」をもつ人がいる。
「大きなエンジン」をもっている人は、険(けわ)しい坂(さか)でも、楽しみながら前進できる。「小さなエンジン」しかない人は、小さな坂でも、息(いき)が切れて苦しむ。
勤行・唱題(ごんぎょう・しょうだい/南無妙法蓮華経を、となえていくこと)によって、、自分の生命のエンジンが大きくなるのです。それは、大宇宙(だいうちゅう)という「最高最大のエンジン」と、がっちりと「ギア」が、かみ合うからです。
どんな人の生命からも、「宇宙を動かす大いなる生命力」を自由自在(じゆうじざい)に引き出す「機械」を発明されたのが日蓮大聖人です。
戸田先生は、ご本尊様(ごほんぞんさま)を、『もったいないことだが、「幸福製造機」にたとえられる』と言われた。
生命力を強くして、幸福になるために、日蓮大聖人はご本尊(ほんぞん)を発明してくださった。その「使用法」の基本が勤行・唱題(ごんぎょう・ しょうだい/ご本尊に南無妙法蓮華経をとなえていくこと)なんです。
※ちなみに、ご本尊(ほんぞん)とは、仏(ほとけ)の生命そのものを、あらわしたものであり、自分の生命そのものを、あらわしたものでもあり、その必ず幸せになっていける仏(ほとけ)の生命が、自分自身の中にあることを、あらわしたものが、ご本尊(ほんぞん)です。
勤行している人は、不幸の方向に行かないように、生命の軌道(きどう)を整(ととの)えていける。
もちろん、祈った結果が出るには、「すぐに出る場合」と、草木がだんだん育つように「時とともに実現していく場合」とがある。また、とくに自覚(じかく)して祈っていなかったことが、あとから振(ふ)り返(かえ)ると実現していることもある。
ケースはさまざまだが、『よい方向へ』『よい方向へ』と向かっていく。
自分にとって『いちばん良い道』が開ける。これは絶対に間違(まちが)いない。』
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小さなエンジンだと、大変だ。生きることにも苦しいし、喜びも小さいかもしれにない。
けれど、大きなエンジンだと、幸せだ。なぜなら、馬力(ばりき)が違(ちが)うから、ちょっとくらいの坂など、簡単に乗り越えていけるし、大変なことにも負けないで挑戦していける。だから成長していけるし、その分、幸せも大きい。また喜びも大きい。
南無妙法蓮華経を、となえるていくと、自分の生命のエンジンを、どんどん大きくしていける。車の燃料がガソリンだとすると、人間の生きていくためのパワーとエネルギーは、『生命力』だと言えると思います。
ようするに、南無妙法蓮華経を、となえていくと、その生命力が、どんどん、大きくなっていく。どんどん強くなっていく!だから、ちょっとばかりの苦難(くなん)には負けないし、大変なことにも挑戦していける。しかも、生命力があるから、あらゆることを楽しんでいける。よろこびも大きい。
その生命力を生み出す源泉(げんせん)が、『南無妙法蓮華経』であり、『南無妙法蓮華経を、となえる』ことだと言える。
それだけでなく、南無妙法蓮華経をとなえていくと、自分のエンジンそのものを、大きくしていける。言い方を変えれば、『境涯(きょうがい)』が大きくなっていく。境涯が大きいと幸せも大きい。境涯が大きいので、よりたくさんの幸せ、喜びを味(あじ)わっていける。
それが、『南無妙法蓮華経を、となえる』ということなんです。
また、ご本尊に、南無妙法蓮華経をとなえていくと、不幸の方に行かない!
ご本尊に南無妙法蓮華経をとなえることは、まるで見えない未来に、幸せの道をつくるようなものなんです。
見えないはずの未来に、希望と夢と勝利の道を、作り出していく!
そういうスゴイことができるのが、ご本尊に南無妙法蓮華経を、となえていく!ということなんです。
だから、本当は、ご本尊に南無妙法蓮華経をとなえていくことほど、スゴイことはない。
幸せになっていく、これほど確実なことはない!また、これほど夢や希望をかなえていける道もない。
それが、創価学会が実践している、南無妙法蓮華経をとなえる仏法(ぶっぽう)の信仰なんです。
どうなるかわからない未来・・・。
どんな苦難が押し寄(よ)せてくるかもわからない。
その未来に最高の幸せの道をつくり、最高の希望と夢に向かって歩(あゆ)んでいける!
また、人生という山あり谷ありの道を進んでいくための、大きな大きな幸せのエンジンとなって、自分に、無限の勇気と希望を、もたらしてくれる!
その『幸福製造機』とも言えるのが、創価学会の『ご本尊』であり、南無妙法蓮華経をとなえる、仏法(ぶっぽう)の信仰なんです・・!!