気ままな旅

マイカーでの気ままな旅で、束縛された予定や時間にとらわれない、自由奔放な行動をとる旅の紹介です。

青々としたダム湖に浮かぶ 「小山観音」

2008-10-13 20:24:26 | 気ままな旅
  9月24日(水)私たちは、岐阜県美濃加茂市にある、道の駅「日本昭和村(平成記念公園)」で車中泊をしていた。
 昨夜は予定していたビジネスが、明日に変更された為に余裕が生じてきた。
 「どうしょうか!」と妻と相談していると、
 妻が「ブラジルの親戚にあたる人が、美濃加茂周辺に住んでいる」
 「前々から一度会いたい」と話をしていたといった。
 早速、妻が連絡をとると「すぐ合いたい」とのことであった。
 住所を確認すると、私たちのいる場所からすぐ近くに住んでいた。 
 早速、行って、何十年ぶりかの旧交を温めた後、この道の駅、「日本昭和村」にやって来た。
 この道の駅である「日本昭和村」は、この近くに来た時は良く利用している。
 というのも、ここには、すばらしい入浴施設の昭和銭湯「里山の湯」があるからだ。
 昨日は「秋分に日」であったせいか、1000台以上の広い駐車場が、ほぼ満車になっていた。
 そのせいか、この入浴施設も多くの家族連れなどで、ごったがえしている。
 「里山の湯」の建物は、鎌倉時代の武家屋敷を想像させるような、黒塗りの建物で、なんとなく落ち着きを感じさしてくれる。
 広い廊下があって、その外にできた湯につかりながら、前面に広がる森を眺めていると、一日の疲れを全て忘れさしてくれそうであった。
 私は特に、この外湯が気に入っている。

 今日は天気も良さそうであった。
 美濃加茂市内の、客先への訪問時間までは、大分余裕があった。
 それまで、どこに行こうか!パンフや地図などを見ていると
 美濃加茂市の隣にある八百津町に、五宝の滝があった。
 そこに行ってみよう! ということになった。
 早速、愛車エステイマで向かって行った。
 道の駅「日本昭和村」から、国道41号線を過ぎ、R350号線に入って、飛騨川に架かった橋を渡っていると、ダム湖が見え、真ん中に島がある、島の中には、緑で覆われた寺院のような建物が見えている。
 急に興味が湧き、愛車を少し行った所で停車させた。
 橋にもどり、写真撮影をしていると、一人のおばあさんが通りかかった。
 おばさんに、この島のことを尋ねると、「観音さまかネー ごりやくがあるから、あんたたちも御参りするといいがネー」と言ってくれた。
 目の前の距離である。

 この飛騨川のダム湖(今渡ダム)に浮かぶ観音さまは、小山観音(こやまかんのん)と「子授け観音」と呼ばれ、左岸にある小山寺(しょうさんじ)に属している。
 小山寺は臨済宗妙心寺派の寺院で、山号は仁慈山である。
 本尊は、馬頭観音、三面六臂の立像で、養蚕の守護仏とされている。
 また、開運にもご利益があるといわれ、美濃三十三観音霊場第二十九札所である。

 この観音さまは、元々は陸続きの岩山にあったが、下流の木曽川(飛騨川は1kmほどの下流で木曽川と合流、その下流にダムが造られた) に今渡ダムが完成すると、周りが水没し、陸の孤島となってしまった。
 その後、かんのん橋が昭和13年に完成し、飛騨川左岸と結ばれる。  

        
                  今渡ダム湖に浮かぶ小山観音堂

                   
                     小山観音堂を左岸より望む

           
                小山観音への渡り橋「かんのん橋」手前
         
 この小山観音のある中の島周辺は、飛騨木曽川国定公園に指定されている。
 小山観音には、平安の末期、木曽義仲がこの地で病死した母親の菩提を供養する為に訪れ、大波の中を小船で中の島に渡ろうとした折に、水の中から馬頭観音を背にした竜神が現れ、波を鎮めたことに、多いに喜んだ義仲が建立したと伝えられている。
 現在の小山観音は、蚕の本尊としてだけでなく、無病息災、道中の安全ほか、子授けの本尊としても、人々から深い信仰を集めている。
 ダムの完成によって出来たダム湖は、青柳薪水湖と呼ばれ、緑濃い樹木に覆われ、観音堂のある中の島を、水面が静かに映し出している。
 ダム湖の下流にある、日本ラインの男性的な渓谷美や、激しい流れとは面白い対象をなしている。
  
           
                 かんのん橋より小山観音堂を望む

 ダム湖に架けられたかんのん橋を渡っていると、参拝を終えた多くの方々に出会った。
 このように青々とした静かな水面のダム湖に、中に島があり、架けられた橋からの光景のすばらしは、なんとも言いようのないムードをかもし出している。
 
            
                   かんのん橋参道より観音堂

 子授け観音にも伝説があった。
 室町時代の永享6年(1434年)頃、近くの上蜂屋村の女性、お島が子供を授かる為に、「百日間の願掛け」を行なった。
 すると、百日目の夜に白鬚の老人が夢に現れ、「唐銭を一枚飲み込めば子が授かる」という お告げを受ける。
 お島は、お告げ通りにすると、男の子を授かったという。
 不思議なことに、その男の子は左手に、その唐銭をにぎって産まれてきたという。
 「この男の子は、観音さまの子供に違いない」と思ったお島は、小山観音を厚く信仰した。
 その後、この男の子は仏門に入り、後に仁済禅師となる。
 お島と仁済は、後に周元通宝300枚を溶かして、高さ一尺の馬頭観音を造り、小山観音の新たな本尊にしたという。

                     
                         石段下よりの観音堂

            
                  観音堂拝殿 天上に飾っている蛇 
           
 この観音堂拝殿にある蛇は、観音堂で何かと世話をしている、おばあさんの話によると、参拝者が松ぼっくりで造った物を寄贈して飾ってあるとのこと。
 また、現在でもこの島には、このような大きな、蛇が住みついている様で、年に何回かやってきて、境内にある木の上で、日向ぼっこをしているらしい。
 参拝に訪れた人々からは、縁起がいいといわれ、大切にされているとのことであった。
 信者の中には、この蛇の抜け殻が縁起がいいといって、家に持ち帰り大切にされているとの話もあった。
 
             
                  身代わり地蔵菩薩
 
 このお地蔵さまは、特に水難より守護をしてくれるとのこと。異常気象の昨今、水害を心配される方は御参りして念ずれば、ご守護がいただけるかも!
 

              
                 撫で仏薬師如来
  
 自分の体の悪い所を、薬師如来さまを撫でて、念じて御参りすれば、平癒すると信じられ、参拝者が後を絶たないそうだ。

            
                   美濃三十三観音霊場第29番札所

            
                    飛騨川沿いある小山寺

             
                小山寺よりダム湖中の島にある小山観音堂を望む

 通りがけに、偶然に見つけて立ち寄った小山観音、やはり、それぞれの地域には文化や歴史があり、地域の人たちと関わり、密接につながりながら、歩んできたきたことを知ることが出来る。
 参拝と見学を終えた私達も、今日の快晴の天気のように、晴々した気持ちにさしてくれていた。
 一時間程の短い滞在であったが、私達は満足し、次の目的地である「五宝の滝」に向かった。 
            

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