今日のころころこころ

2017・3・4 テキトーに渡るおばさんの橋 横浜の架替関東大震災復興橋梁・車橋

かながわの橋100選&横浜市認定歴史的建造物&現存関東大震災復興橋梁・打越橋。

かつて横浜市電3系統が走った道を下れば、中村川。

関東大震災で壊滅状態になった横浜の橋。復興事業で国施工37橋・市施工141橋が新築・改築・修築された。
中村川に架かるのは、現存は吉野橋1橋で葭谷橋・共進橋・日枝橋・睦橋・池下橋・久良岐橋・道場橋・三吉橋・東橋・車橋・翁橋・亀之橋の12橋は架け替えられた。
打越橋から下ったところにあるのは、車橋。



市施工・復興費街路費支辨橋梁11橋のひとつ。
旧橋は横浜震災復興誌によれば。
位置・中區長者町石川町地先(第十七號路線)
橋種・工形鋼桁
斜度・左55.38.70度
橋長・32.35m
有效幅員・18m
面積・582.30㎡
施工期・著手大正十五年六月十五日:竣功昭和二年九月十六日
總工費・102.335.30円とある。
昭和64年に架け替えられた。





中村川上流方面。

中村川下流方面。

親柱は、灯具以外は当時のまま。









私が親柱に興味を持ったのは中村川に架かる橋々であった。かながわの橋100選で吉野橋をたずねた時に、ともかくも橋々の親柱の意匠に驚いた。ぜひともゆっくりと見てみたいものだと思っていた。その時は関東大震災復興橋梁だとは知らなかった。
関東大震災は死者行方不明者10万人強のそれは酷い天災であった。が。起きてしまったものは仕方ない。壊滅してしまったのは仕方ない。でも皆で力を合わせてもっと良いものを再建しようという希望と力に満ち溢れていた復興だったんだなぁと、ふと思ったりなんかする。。
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