そんなに大きな家ではないが、いくつかの部屋があり、ミニョンはまずはリビングの戸棚という戸棚を開けて、中をのぞいていた。ユジンは「いったい何を探してるの?思い出したことってなあに?」と何度も聞いたが、ミニョンはにやりと笑って教えてくれなかった。そのままミニョンはほかの部屋に行ってしまったので、ユジンはぶらぶらと家の中を歩いていた。室内は典型的な田舎の一軒家の造りで、アメリカ育ちのミニョンとはイメージが合わなかった。今にも高校の制服を着たチュンサンが飛び出してきそうだった。当時、チュンサンはこの家から毎日学校に通っていたのだ、と思うと来たこともないのに懐かしく感じてしまう。ユジンは、リビングに飾ってあるカンミヒのピアノ演奏写真を眺めてから、ミニョンを追って、カンジュンサンの自室だったらしい部屋に入っていった。しかし、ミニョンはすぐにその部屋の探し物を終えると、また違う部屋に行ってしまったらしく、姿が見えなくなった。
ユジンはチュンサンの部屋をじっくりと眺めた。チュンサンの部屋にはベッドやタンスなどが置かれていて、高校生の部屋にしては、きれいに整頓されていた。ユジンは机の上に置いてある、一つの箱をのぞいてみた。その中には『カンジュンサン』と書かれたネームプレートが入っていた。ユジンはそれを懐かしそうな表情で眺めていた。すると、箱の中に、小さく折りたたまれた手紙が入っていた。そこにはこう書かれていた。
『カンジュンサン、寝ちゃダメよ!!起きて!!掃除当番が終わったら、一緒にトッポッキを食べよう!もちろんおごりでね。あと、今度放送当番をさぼったら許さないからね!ユジン』そこには楽しそうな自分の字が並んでいた。もういつ書いたのか忘れてしまったけれど、チュンサンは大事に取っておいてくれたのだ。よく見ると、ユジンが書いたらしい手紙がいくつも箱の中に入っているのが見えた。
ユジンは手紙を書いたときの弾むような気持ちを思い出して、そっと涙ぐんだ。すると、背後に誰かが近づく気配がした。振り向くと、そこにはいたずらっ子のような表情のミニョンが立っていた。両手を後ろに回して、何かを隠している。ユジンは無理やり笑って言った。
「見つかった?」
するとミニョンはうれしそうにうなづいた。
「なあに?」
ミニョンはそっと左手を前に出した。そこには、忘れもしないユジンのピンクのミトンが握られていた。ミニョンはさっきから、押し入れ部屋のコートのポケットを手当たり次第に探っていたのだった。そしてやっと見つけたのが、いつも学校に着て行ったグレーのコートのポケットの中だったのだ。10年ぶりに自分のミトンを見たユジンは、走馬灯のようにいろいろなことを思い出した。初雪デートの日に、手袋が濡れてしまったチュンサンに貸したピンクのミトン。あのとき、チュンサンは家の前で帰りたくなさそうにもじもじしていた。それで、夕食に誘って、彼の顔がぱぁっと輝いたんだった、、、。その日がカンジュンサンに会った最後になってしまうとも知らずに、、、。ユジンの目からはうれしさと悲しみが入り混じった涙があふれだした。
「チュンサン、、、」
すると、ミニョンは、そのミトンを左手にはめてにっこりと微笑むのだった。そのはにかむような柔らかい笑顔を見ていると、悲しみが喜びに代わり、ユジンの目からあとからあとから涙が流れだした。辛い思い出が、ミニョンによって幸せな思い出に変わった瞬間だった。
二人はそのまま大晦日に待ち合わせをした、春川通りのツリーの場所までやってきた。今日も春川の街は活気にあふれており、行きかう人々はは笑顔でおしゃべりをしている。ミニョンはもちろんあの日のことを覚えてはいなかったけれど、さっきミトンという思わぬプレゼントをもらったユジンの心は穏やかだった。
「思い出さなくても大丈夫よ。だって、何か思い出すたびに、飛び切りのプレゼントをもらう気分になるでしょう?」そういうと、ユジンはミニョンのために、温かいコーヒーを買いに行った。
ミニョンは記憶に残る街をしげしげと眺めた。あの日、ユジンは自分を待ちながら、どんなに悲しい思いをしていたのだろうか。考えるだけで胸が痛む。すると突然、寒空に雪が舞い始めた。ミニョンは雪をそっと手のひらに乗せて、その冷たさを楽しんだ。その時だった。脳裏にユジンと高校生の自分が話をしている姿がよみがえってきた。ユジンは黄緑色のジャケットを着て、ポニーテールを揺らしていた。「好きな動物は?」と聞くと、「犬!」と即答して、「チュンサンは?」と聞いてきた。「僕は、、、人間」「だあれ?」と聞くユジンに「大晦日にここに来たら教えてやるよ」と答えている自分がいた。ミニョンはああ、そういうことだったのか、ついに思い出した、ユジンに伝えなければ、と振り返るのだった。
ユジンは温かいコーヒーを手に、ぶらぶらと歩いた。あの日、新年を告げる大量の花火を、独りきりで見ていた。真冬の空は澄んでいて、色とりどりの花火が大輪の花のように夜空に咲いていた。あんなに悲しくて、美しいものは見たことがなかった。自分以外のすべてのものが明るくて幸せに満ちているように見えて、心の底から湧き上がる不吉な予感に、打ち震える自分がいた。あの日のことは、もう2度と思い出したくないと思っていたが、今はミニョンがいるから、チュンサンがいるから大丈夫、ユジンは手の中のコーヒーをぎゅっとにぎって心を落ち着かせるのであった。
ところが、いざミニョンに声をかけようとすると、ミニョンの様子が変だった。そこだけ時間が止まってしまったかのように、固まって動かなくなっている。
「チュンサン?」ユジンが恐る恐る声をかけると、ミニョンがゆっくりと振り向いた。ミニョンの目には大粒の涙が浮かんでいた。
「チュンサン?」
「僕たち、、、僕たちここで待ち合わせをしたんだよね?12月31日に。君に言いたかった言葉を思い出したんだ。」
ミニョンは大きく息を吸って大切な言葉を発した。それは10年の時を超えて伝える言葉だった。
「ユジナ、愛してる」
立ちすくむ二人を見守るように、粉雪が髪や肩にひらひらと舞い落ちてきた。永遠と思えるほど長く、二人は見つめ合っていた。ユジンは心の中でそっと呟いた。「おかえりなさい、カンジュンサン」と。