春川第一高校で長年教鞭を振るうパク先生ことカガメル(ゴリラ)先生は、朝一番に春川を出発して、ソウルで『優秀教師賞』なるものを授与されたのだった。この賞は長年勤めている、特に問題を起こさない教師なら大抵貰えるものだ。それでも教師生活30周年で、素晴らしい賞をもらうことができて、カガメルは感無量の面持ちだった。よくも長い間、言うことを聞かない高校生相手に、勤め上げたものだと、自分で自分を褒めてあげたかった。カガメルはソウルにせっかく来たので、9年前に卒業したサンヒョクたち2年1組の放送部組を、レストランに呼び出していた。少し前に部員のキムサンヒョクとチョンユジンが婚約解消をしたことが、カガメルには全く腑に落ちなくて、心配になってしまったからだった。カガメルは教え子が来るのを、今か今かと待っていた。
その日、チェリンやチンスクはじめとして、春川第一高校でソウルにいる者は、何故だか分からないまま、元担任のカガメル(ゴリラ)先生にレストランに呼び出されていた。時間ぴったりに来たのはチェリンとチンスクだけだった。昔から遅刻に厳しいカガメルは、チェリンとチンスクしか来ていないのに少しムッとしていた。それでも二人が嬉しそうに自分を持ち上げるので、カガメルもニコニコとしながらあとのメンバーを待っていた。チンスクをユジンと間違えたり、この前はチェリンを覚えていなかったのに、今日は経営するブティックの話を振ってきたり、相変わらず本当なのか冗談なのか腹が読めないカガメルだった。
するとそこに、遅れてサンヒョクとヨングクが現れた。相変わらずカガメルは遅刻に厳して、ぶつぶつと文句を言っていた。カガメル曰く、今日『優秀教師賞』なるものを教員組合からもらって、それを皆に見せたかったというのだった。でも皆は、まさか先日サンヒョクとユジンが婚約解消したことを憂いて、事情を聞くために皆を集めたとは思っていなかった。カガメルはカガメルなりに、教え子たちの将来を心配しているのである。
サンヒョクが席につくと、チェリンは先日の酔っぱらった失態を思い出して、恥ずかしそうに「お久しぶり」と言った。それを聞いてカガメルはますます心配になり、「なんだ、お前らあんまり会ってないのか?せっかくソウルに住む友達なのに、もっと頻繁に連絡を取らないと、、、」と目を丸くしていた。
カガメルはもちろんユジンにも声をかけていた。サンヒョクと会わせて、せめて2人が友人に戻れないか画策するつもりだった。しかし誰とも連絡を取らなかったユジンは、自分だけが呼ばれたと思いこんでいた。これは良い機会だとチュンサンを連れて、カガメルに会いに行くつもりだった。サンヒョクとの結婚式に招待して取り消したことも、謝りたかった。それにしても、サンヒョクと別れてから、みんなからの連絡はパタリと途絶えた。皆一様に、ユジンにどんな言葉をかければよいのか分からないし、サンヒョクに気を遣ってもいたのだが、反対にユジンも敢えて自分から連絡するのを遠慮していた。ユジンはミニョンと一緒に車でレストランに向かった。二人はこれから起こることを想像出来ずに、カガメルの驚く顔を思い浮かべて笑い合っていた。
「先生から急に連絡があって驚いちゃった。きっとかわいくて優秀な教え子を思い出したのね。」と得意げに笑うユジンに、ミニョンは「優秀?授業はさぼるし遅刻大魔王のくせに?」
と返して見せた。するとユジンは口をとがらせて「ちょっと、何なのよ?!」とすねてみせるのだった。
その頃、カガメルがユジンにも連絡したことを知った友達たちは一斉に項垂れて黙ってしまっていた。カガメルは「サンヒョクがユジンとの結婚をやめたと聞いて、どんな理由であれ、ここに呼ばなくちゃいけないと思ったんだよ。」と言った。よもや、死んだはずのチュンサンが生きていて、結婚寸前だったサンヒョクを振ったんです、初恋のために、記憶喪失のまま別人として生きてきたチュンサンと、ヨリを戻したんです、とは誰も言えず、みな黙りこむしかなかった。そんな最悪な空気の中、ミニョンとユジンはレストランにやってきた。二人の予想通り、カガメルはポカンと口を開けてミニョンことチュンサンを見つめた。しかし、カガメル以上に顔色を変えたのは、他ならぬミニョンことチュンサンとユジンであった。もちろん他の同級生たちも、ユジンが来るだけでも充分気まずいのに、チュンサンまで来てしまったものだから、もはや無表情になって、俯くしかなかったのだった。
そんな中でも、カガメルだけが無邪気に「おぃっ、カンジュンサンじゃないか。お前生きてたのか⁉️」と喜んで、ミニョンを自分の隣りに座らせるのだった。カガメルの頭から、サンヒョクとユジンの婚約のことはもはや吹っ飛んでしまい、チュンサンと他の皆が昔みたいに仲良くしてほしい、と言う思いしか無くなっていた。それほどまでに、カガメルにとってもチュンサンの復活は大事件であったのだ。カガメルはミニョンをしげしげと見つめては言った。
「チュンサン、本当に生きていたんだな。生きてると驚くようなことが起きるもんだなぁ。でも記憶が完全じゃないんだって?記憶なんて重要じゃないよ。誰だって、少しづつ記憶を失っていくものさ。何とかなるから大丈夫だよ。しかし、お前らみんなおかしいな。チュンサンが生きていることを知らせてくれないなんて。ユジンだ教えてくれなかったら知らないままだったじゃないか。昔も今もチュンサンの世話係はユジンだな。」
場はますます凍り付いたように静まり返ってしまった。カガメルの言葉は虚しく宙をただよって、皆の心に突き刺さっていた。そんな中、いたたまれなくなったチェリンが静かに席を立った。そして、そんなチェリンを追ってサンヒョクも席を立って出ていくのだった。
残ったチンスク、ヨングク、ミニョン、チュンサン、そしてカガメルはただただ黙り込んでいた。すると、カガメルが立ち上がった。「今日は悪かったな。俺が余計なことをしてしまった。みんなの仲が戻るといいと思ったんだが、、、」そして別れ際に「頼むからちゃんと話し合って解決しろ。もし話し合いで解決できないなら、こぶしで解決するなり、心と心を通じ合わせて解決するんだ。いいな?」とみんなをしっかりと見つめて帰っていった。後に残された4人は本当にいたたまれない気分になった。特にヨングクはビールをぐいぐい飲みほしてふてくされていた。ユジンとミニョンはあらためて二人に、みんなが居ると知らなくて来てしまい、雰囲気を壊してしまったことをわびた。チンスクは尋ねた。「チュンサンの記憶はまだ戻ってないの?」
「少し前に断片を思い出してからは、ほかのことを全然思い出せないんです。自分がチュンサンだとわかった以外は、ユジンのことを少し思い出しただけで。本当にすみません。」
するとヨングクが酔って絡み始めた。
「なんだって?思い出したのが名前とユジンの顔だけ?俺とチンスクはまあいいとして、あれだけサンヒョクを傷つけておいて、いつもいつも嫌いだからと絡んだくせに。喧嘩ばっかりで、本当にかわいそうだったよ。サンヒョクはさ、お前が死んだあとは、ユジンの記憶に残るチュンサンといつも戦ってたんだよ。お前が生きてたことも記憶が戻ったことも本当はうれしいんだ。でも、なんにも覚えていないチュンサンより、サンヒョクやチェリンが大事なんだよ。確かに、チュンサンを失って一番つらかったのはユジンだよ。でも、あの二人がどれだけ傷ついたかわかるか?お前を失った俺たちみんなが10年間苦しんできたんだ。早くユジンのことだけじゃなくて、サンヒョクを傷つけたことや、俺たちみんなのことを思い出してくれよ。みんなで10年前に山荘に行ったあの日に戻してくれよ。」
そういうと、ヨングクは泣きながら外に出て行ってしまった。そしてそれを追いかけてチンスクも出て行ってしまった。
ミニョンはあまりのショックで呆然としてしまった。自分の知らない過去がこれほどまでに人を傷つけていたことが申し訳なくてたまらなかった。今更ながら、サンヒョクがどれだけ辛い思いをしてこの10年を過ごしてきたのか、再びユジンを失って悲しみの淵にいる現実を突きつけられたのだ。また、チェリンもミニョンとして振ってしまったが、彼女もまたチュンサンに失恋していたわけで、人生で二度も振られるのは、さぞかし辛いだろうとおもんばかるのだった。そんなミニョンを見かねたユジンが「チュンサン、ごめんね。私が誘ってしまったせいで。」とうなだれると、ぽつりと言った。
「僕はいったいどんな人間だったんだ?こんなにもみんなを傷つけていたなんて。」
ユジンは何も言えなくなってしまい、そんなミニョンの気持ちが収まるまで、ずっと寄り添っているしかなかった。これは二人で受ける罰なのだ。意図的でなくども、ここに居る全員に消えない傷を与えたのだから、、、ユジンは静かに考えていた。
一方で外に飛び出したチェリンとサンヒョクも涙を流していた。チェリンは車で来ていたが、乗り込む前にサンヒョクが捕まえた。「ねえ、サンヒョク。わたしは忘れようとしてるのに、こうやってのこのこ飲み会に来て、仲良くしてるのを見せつけられるなんて耐えられない。二人のことを許せない。ねぇあんたはどうなの?腹が立たないの?」しかしサンヒョクは挑発には乗らなかった。悲しそうな顔のまま、車のキーを受け取って、うちまで送ろうとチェリンをなだめた。そんなサンヒョクを振り切って、自分で車を運転して帰っていくチェリンだった。サンヒョクは分かっていた。どんなに泣いても喚いても、どうなるものでもない。ユジンは二度と戻ってこないのだ。チェリンも時が過ぎて傷が癒えるのを静かに待てばいいのに。サンヒョクは暗い目をしてチェリンの車を見送るのだった。
こうして久しぶりの同同会は最悪の形で幕を閉じた。