ミニョンは楽しそうに「あの時もこんな風に水切りしたのかな」と石を投げている。小石は湖面をリズミカルにジャンプしていくつもの弧を描いていた。
「覚えてないのね。あの日は湖面が凍っていたからはねなかったわ。氷の上を小石が転がって、いい音がしていたわ。」ユジンは湖面を見つめてつぶやいた。
「でもね、もう一つしたことがあるのよ。これはね、あなたの記憶が戻っても絶対わからないことだから。あなただけが知らないこと。」
「何?」
「ここで、あなたのお葬式をしたの。チンスク、ヨングク、サンヒョク、そしてチェリン。私たち、お葬式に行けなかったでしょう。しかも生きてるなんて知らなかったし。だからここでやったのよ。」
「僕のためにたくさん泣いたの?」
「ううん。なぜかわからないけど、不思議と泣かなかった。きっとまた会えるとわかっていたのね。」
そういうとユジンは柔らかに微笑んだ。ユジンの脳裏にはあの日、真っ暗な空に向かってヨングクがノートの切れ端をそれぞれに持たせて、順番に火をつけていった風景が浮かんできた。チロチロと燃えるノートを雪で覆われた地面に落として、それぞれがチュンサンの冥福を祈った。ヨングクは「カンジュンサン、さよなら!」と叫んでいたし、チンスクは泣きじゃくっていた。サンヒョクは茫然としており、チェリンは大声で何かわめいていたのを覚えている。そしてわたしは、、、暗闇に浮かぶ炎をじっと見つめていた。その炎があまりに鮮やかで、何も考えられずに、ただただ見つめていた。チュンサンが死んだとは信じられなくて、心の中が空っぽになってしまい、一部が死んでいく音を聞いていた。ユジンはチュンサンが生きていることが分かってもなお、ここから見た風景や底知れぬ絶望を感じた記憶を一生背負っていくのだと思った。そんなユジンの姿とみて、ミニョンは切なそうにつぶやいた。
「僕はすべてを忘れて生きていたのに、君は馬鹿みたいに10年間も死んだ人を覚えてたの?こんな愚かな僕を想って、、、」
ユジンはまたあの清らかな微笑みでミニョンを見つめて、そして静かに湖面を見ていた。ミニョンは、ユジンがいくら大丈夫といっても、その日彼女はチュンサンを失ったことによって、心の一部に消えない傷を負ったのだと悟った。それは彼女を壊してしまい、その傷は自分にしか治せないのだと嫌になるほど感じていた。それなのに、自分はいまだに記憶を取り戻せない。ミニョンは悲しさとむなしさで立ち尽くすのだった。
「チュンサン、私のために記憶を取り戻したいんでしょ。だからここに来たんだよね?」
「違うよ。僕が早く記憶を取り戻したいんだ、そして、君にとって本物のカンジュンサンになりたいんだよ。」
「あなた、記憶がなくてミニョンさんだった時に、こういったじゃない?こんなに美しい風景なのに、悲しい思い出しかないの?って。あなたの言うとおりね。こんなに美しい場所なのに、わたしたち、過去の風景ばかり探し続けてる。なぜ、思い出ばかり探してるのかしら?これから二人で作る記憶の方がはるかに多いのに。」
「ユジナ、、、。」
「もう過去の記憶を思い出そうとするのをやめよう。わたし、あなたが覚えていなくても構わないわ。私が愛しているのは高校生のチュンサンじゃないの。目の前のあなたなのよ。」
ユジンは柔らかな微笑みでミニョンを見つめた。それは、すべてを吹っ切って洗い流したかのような無垢なまなざしだった。ミニョンはそんなユジンが愛しくてたまらなくなり、そっと抱きしめた。そんな二人を、夜のとばりがゆっくりと包み込んでいった。
そのころポラリスでは、1か月ぶりに復帰したユジンを、チョンアが喜んで迎えていた。ところが、ついて早々、いきないミニョンが飛び込んできたのだ。チョンアもまた、ミニョンがユジンの高校時代の恋人だったカンジュンサンだとは聞かされていたが、早速の登場に驚いていた。
しかも、ミニョンはこんにちはでも、お久しぶりです、でもご迷惑をおかけしました、でもなくユジンを連れ出していってしまったのだ。「ユジンに返したいものがあるんです。チョンアさん、ユジンを借りますね、いいでしょう?」と言って。二人は手をつないで、あっという間に走り出した。チョンアはミニョンがユジンしか見えていない様子にびっくりした。先日までのミニョンはこんなに子供っぽい人ではなかった気がするのだが。昔の人格が顔を出して入り混じってるのだろうか。あーあ、いったい仕事はどうするの?チョンアは大きなため息をついて、デスクに戻るのであった。