「おいおい、お前は消えたり現れたりどうなってるんだよ?本当に仕事をする気があるのか?」
「ほんとすみません。」
心ここにあらずで生返事をするミニョンに、キム次長はあきれてしまっていた。
「記憶は戻って、恋人も手に入れて、それで他に何を望む?」
ミニョンは真剣な顔で答えた。
「父親なんです。」
「はっ?」
「父親のことが気になって仕方がないんです。なぜか頭がモヤモヤして胸が苦しくなって、、、。嫌な予感がするんです。」
「いい解決方法を教えてやるよ。それはだな、お前が結婚して父親になればいいんだよ。」
すると、ミニョンはあきれたように言った。
「もう、先輩、いい加減にしてください。そういうことじゃなくて、、、。」
「わかった、わかった。父親を訪ねて歩いたってしょうがないだろ。それからユジンさんから何度も電話があったぞ。お前、電話に出てやれよ。」
そういうと、キム次長はミニョンの肩とポンポンとたたいて、部屋を出ていくのだった。
ミニョンは仕事が終わった後、思い切ってユジンに会いに行った。父親のことを考えるたびに、なぜかユジンと会ってはいけないという気分になり、ユジンに会いたくても、なぜか浮かない気分になるのだった。ミニョンが車を停めて待っていると、ユジンはアパートから飛び出してきた。きっと自分を心配して一日中連絡を取ろうとしたからだろう。そして、口をとがらせてミニョンをバシッとたたいた。
「何だよ?」
「ちょっと!一日中連絡取ろうとしてたのに。体調も悪いから心配しちゃったじゃない。」
「だから来たんだよ」
「何してたの?」
するとミニョンはそれには答えずに、「歩こう」とユジンの手を握りしめて歩き出した。二人は月夜の下、銀色に照らされた街を歩き始めた。ユジンはすっかり機嫌が直って、いつもの通り楽しそうに歩いている。
「どうしたの?」
「あのね、母が昔、父とこんなデートをしたんだって。」
「こんなって、歩くだけ?」
「うん、二人ともお金がないけどずっと一緒にいたかったから、ひたすら町中を歩いたんだって。たぶん地球10周分ぐらいは歩いたと思うの!」
ミニョンはそんなに歩けないだろ?とユジンの顔を眺めてくすくすと笑った。ユジンもくすくすと笑って、二人は楽しそうに歩き続けた。ミニョンはユジンがいれば、父親のこともきっと乗り越えられる、と気分がよくなってきた。
「どんなお父さんだったの?」
「あなたみたいに優しい人!」
「僕は優しい?」
ミニョンが顔を覗き込むと、ユジンは得意そうな顔でうんうんとうなずいた。
「私が11歳の時に、明け方に初雪が降ったことがあったの。家族みんなで雪の中を散歩したんだ。お母さんは妹のヒジンを、お父さんは私をおんぶしてくれてね、お父さんの背中があったかいって初めて知ったわ。」
「お父さんて、そういう存在なんだね」
ユジンは心配そうな顔をした。「ねぇ、チュンサン。今日はずっとお父さんのことを調べてたの?この前私が話したから?それで最近様子が変だったのね。」
「そんなんじゃないよ。僕はユジンがいればいいんだよ。」
笑うミニョンの顔も、どこか心もとなげだった。
その時、近くの建物からパイプオルガンの音が聞こえた。そこは教会のようだった。二人は導かれるように、そっと建物の中に入っていった。がらんどうの教会の中では、一組のカップルと付添人と神父が、結婚式のリハーサルで結婚の誓いを練習していた。スーツを着た花婿と、スーツにベールをかぶった花嫁は、たどたどしく言葉を繰り返しているが、なかなか成功しない。ミニョンとユジンは顔を見合わせて、そっと後ろの席に座って見学をすることにした。
「きっと明日は結婚式なのね」
「うらやましいなぁ」とささやくミニョンをユジンは軽くにらみつけて、二人はまた幸せそうに微笑んだ。
ついに、カップルがなんとか無事誓いの言葉を言い終わると、思わず二人は拍手してしまった。驚いたのはリハーサルをしていた5人で、一斉にミニョンとユジンを振り返るのだった。二人は慌ててうつむいて目を閉じてみせて、お祈りしているふりをした。そしてお互いを小突きあってくすくすと笑うのだった。ユジンはミニョンを睨んで、『あなたのせいよ』と口をパクパクさせてジェスチャーをした。
教会に誰もいなくなると、二人は祭壇の前に立った。祭壇のところに、先ほどのカップルが残していった誓いの言葉の原稿が置いてあった。ユジンはそれをちらりと見たあと、すぐに一番前の席にひざまづいて、何かを一身に祈り始めた。一方でミニョンは、誓いの言葉を熱心に読んでいた。『病めるときも健やかなるときも、、、は〇〇〇を愛し、うやまうことを誓います」ミニョンは嬉しそうに読んで、ユジンをちらりと見た。するとユジンはまだ祈っているようだった。
「何しているの?」
「祈ってるの。」
「何を?」
「今日一日を無事に過ごせたことに感謝してるの。それから、こうやって今あなたとここに一緒にいられることを祈ってるの。ねぇ、何やってるの?あなたも祈って!」
するとミニョンは柔らかく微笑んでユジンの隣にひざまづいて祈り始めた。ユジンはしばらく祈っていたが、ミニョンが急に静かになってしまったので、薄目を開けて隣を見た。
「ちゃんと祈ってる?」
「心の中で祈ってる」
ミニョンは静かに答えると目をつぶったまま、声に出して祈り始めた。
「愛する女性がいます。その女性と生涯を共にしたいと思っています。彼女によく似た子供たちの父親になりたいんです。愛する人と子供たちの温かい手となり、丈夫な足になりたいんです。」
ユジンはそんなミニョンの優しい横顔をじっと見つめていた。すると、ミニョンもゆっくりと目を開けて、ユジンを見つめた。そして最後の誓いの言葉を静かに言った。
「愛しています」
するとユジンの目からはらりと涙がこぼれ落ちた。
そのあと、二人は祭壇の前で見つめあった。そして、ミニョンはポケットからいつかのポラリスのネックレスをとりだすと、ユジンの首にそっとかけるのだった。ふたりにとって、そのネックレスは指輪と同じくらい大切なもので、離れ離れになった二人を結び付けた象徴であった。ミニョンはユジンの顔をまっすぐに見つめて言った。
「僕と結婚してくれますか」
するとユジンはまっすぐにミニョンの目を見つめてかすかにうなずいて瞼を閉じた。ミニョンは優しくユジンを見つめると、そっと唇にキスをした。そよ風のように優しい誓いのキスだった。二人だけの永遠の誓いが交わされた瞬間だった。二人はまだ、これからどんな過酷な運命が待っているかも知らずに、幸せの絶頂にいた。