ユジンがサンヒョクに別れを告げているとき、ミニョンは母親が長期滞在しているホテルに足を運んでいた。ミニョンには昨日ユジンを連れて行った時のミヒの態度が、どうしても解せなかったのだ。いつもクールなミヒが不思議なほど動揺していた。ミニョンの頭の片隅で、何かがザワザワと囁いていた。それは昨日から収まるどころか、ますます大きくなって、今にもミニョンの心を飲み込もうとしていた。ミニョンは居ても立っても居られず、ミヒの部屋を訪ねたのだった。
ミヒはびっくりしたような顔でミニョンを部屋に招き入れた。
紅茶を二つ運んできて、ソファーに腰を下ろすと、ニッコリと微笑むミヒ。
「昨日の今日でまた会えて嬉しいわ。ミニョン、久しぶりにゆっくり食事でもしましょうよ。」
しかし、ミニョンの表情がさえないのに気がついて、いたずらっぽく言った。
「なんだか今日は元気がないけれど、もしかして昨日会ったお嬢さんのせいかしら?」
ミニョンは意を決して話し始めた。パンドラの箱を開ける気分だった。
「ええ、そうなんです。実は彼女、春川で高校生のとき、僕にそっくりな男の子に恋をしてたって言うんです。でもその彼が死んでしまったそうで、、、」
すると、驚いたことにミヒが真っ青になって紅茶のカップをひっくり返してしまった。そして、慌てふためいて席をたったのだ。ミニョンはそんなミヒに驚いて苦笑した。頭の中のモヤモヤが黒くなり、疑惑として心から離れなくなった瞬間だった。
ミニョンはドラゴンバレーに帰ったあとも、ミヒが慌てふためいた瞬間のことを、繰り返し繰り返し考えた。ホテルの自室に戻って鏡を見ると、そこに自分が映っている。僕は誰なんだろう?カンジュンサンとは誰なんだろう?鏡の中の自分が、まるで知らない人間のように思えて、いつまでも目が離せなかった。まるで、ずっと見ていると、そこに答えが浮かび上がるかのように。
一方その頃、ユジンもソウルのアパートで、洗面所の鏡を見つめていた。そこには泣き腫らした目の、顔色の悪い女が映っている。サンヒョクの「絶対許さないからな。」と言う言葉がリフレインでこだまする。私は一体どうなってしまったのだろう?自分が自分でないような不思議な気分で鏡を見つめていた。
そのうちリビングで音がしたので、ドアを開けてみると、チンスクがコートを着込んで、ボストンバックを置いて座っていた。ユジンが近寄ると、泣き腫らした目のまま、ユジンには視線を合わさずに告げた。
「ユジン、、、本当にごめんね。悪いけど、私、、、出ていくね。当分チェリンのところにいるから。ユジンはわたしの親友だけど、サンヒョクも大事な友達だから。じゃあ、私行くね。」
そう言うと、チンスクは振り返りもせずに行ってしまった。ユジンはそれを悲しい眼差しで見送るしかなかった。
ユジンは一人アパートに残されて、自室の作業机の椅子に座っていた。チンスクの居なくなったアパートは、ガランとして静まりかえっていた。チンスクの明るい笑い声が聞こえないと、寂しくて仕方がなかった。これで、友達はすべて去ってしまったのだ。
ユジンは左手の薬指に光る婚約指輪を見つめた。初めてドラゴンバレーに行くとき、ミニョンが車中で派手すぎて似合わないと言っていた指輪。少し眺めてから、外す決心をした。もうサンヒョクの婚約者ではないのだから、、、。箱に外した指輪を入れて、ユジンはそっとつぶやいた。
「サンヒョク、ごめんなさい。わたしのことを決して許さなくていいから、、、」