
ユジンはとぼとぼと病室に向かって歩いていた。病室の前で大きく深呼吸をして覚悟を決めた。この扉を開けたら、しばらくミニョンの元には戻れないだろう。
そこには痩せ衰えて土気色の顔をしたサンヒョクが眠っていた。髭は伸び切っており、くちびるも乾燥して、腕には点滴チューブが入っている。ユジンは悲しみと申し訳なさでどうにかなりそうだった。
すると、気配に気づいたサンヒョクが生気のない目を開けた。
「、、、サンヒョク」

サンヒョクの目がユジンを認識して、うめくように閉じられた。再び開けると力無い声が発せられた。
「なんでここに?」
「大丈夫なの?」
ユジンの目からみるみる涙が溢れ出し、起きあがろうとするサンヒョクを押し戻す。
「大丈夫だから。心配しなくても大丈夫だから。」
ユジンはこんなに弱々しいサンヒョクを見たことがなく、痛々しすぎて目が離せなかった。涙は後から後から溢れ出す。涙はサンヒョクの布団に雨のようなシミを作った。
「そんなに泣かないでくれよ。母さんが君に話したのか?それともヨングク?君のせいで僕が、死にそうだとでも?だから君は僕を憐れんでそんなに泣いているのか?」
「ごめんなさい」
「謝るなよ。そんな言葉聞きたくない。君はここに来て謝れば気が晴れるだろうが、君が去ったあと、僕はどうすればいいんだ?また傷つくだけだろ?それともこのまま僕のそばにいてくれるのか?」

サンヒョクはユジンを愛おしそうな目で見つめた。久しぶりに会うユジンは、あんなに憎く思ったにもかかわらず、美しくて優しかった。蓋をした気持ちが溢れ出してしまう。ずるいかもしれないが、どこかでユジンが心配して来てくれるのを期待していた自分もいた。
ユジンはそんなサンヒョクを見て、俯いて言うしかなかった。
「ごめんなさい」
サンヒョクはユジンから目を逸らし、天井を見つめた。
「謝るなよ、、、帰れ。僕なら大丈夫だ。食事も点滴もしてるし、すぐに退院できるから。」
「サンヒョク、、、」
「君を見ると辛くなる。頼む、帰ってくれ。帰れよ。」
そう言ったきり目をつぶってしまった。ユジンは、後ろ髪を引かれる思いで、そっと部屋を出るしかなかった。心の中で何度もサンヒョクに詫びていた。
ユジンは病室近くの廊下に置いてある椅子に座っていた。帰る前に、このままあの状態のサンヒョクを置いて、ミニョンのもとに戻っていいか考えあぐねていた。

すると、突然ナースステーションから看護師がかけてきた。サンヒョクがやけくそになり、点滴チューブを外してしまったのだ。医者や看護師が駆けつけて、血だらけのサンヒョクの処置をしている。ユジンはそれをオロオロと悲痛な思いで見ているしかなかった。さらに医師は告げた。
「もう何日も食事をしていません。このまま食べないと命の危険があります。」
ユジンは愕然とした。そこまでサンヒョクを追い詰めていたのに、自分の気持ちを優先させて、ミニョンといたことの罪悪感でいっぱいだった。

ユジンは申し訳なくて、サンヒョクが目を覚ますまでベッドサイドで泣き続けた。
やがて、サンヒョクは目を開けると、ユジンがいるのを見て安らかな顔つきをした。ユジンは安心のあまり泣き出した。
「、、、ユジン」
「サンヒョク、何してるの?バカじゃないの?どうしてこんなことしたの?なんで馬鹿なの?」
泣きながらサンヒョクを叩いたりゆすったりかするユジンを、サンヒョクは嬉しそうな顔て見つめた。ユジンはついにサンヒョクの身体に突っ伏して泣き始めた。そんなユジンを、サンヒョクは満足そうに見つめていた。心の奥で神様に願ったことが叶ったのだ。ユジンをミニョンから取り戻すことが出来た。髪を撫でながら、背中を抱きしめた。久しぶりに感じるユジンの重みと柔らかさに怒りが溶けていくようだった。どんな形であれ、たとえ罪悪感と同情でここにいるのだとしても、ユジンが戻ってきたそれだけで、充分に満ち足りていた。

そんな二人をドアの影から、見舞いに来たヨングクとチンスクが胸を撫で下ろして見つめていた。これで全てが元に戻った、と二人は安堵していた。ミニョンとユジンの心は別として。

一方でミニョンはひたすら車でユジンを待っていた。時々天井のポラリスシールを見つめたり、触れたりして気持ちを落ち着けたが、何時間経ってもユジンは戻らなかった。この前のサンヒョクの様子をユジンが見たら、戻って来ないのは予想していたし、覚悟も出来ていた。それでも手離してしまったのは身を切られるほど辛かった。ミニョンは諦めた。深いため息をついて、もう一度名残惜しそうにユジンが消えた病院の入り口を見つめた後、車をスタートさせた。いつかはユジンが自分の元に帰るのを祈るしかなかった。どうぞ、ユジンがポラリスを見つけられますように。