
サンヒョクの病室で過ごしたユジンは、そのままソウルのアパートに帰った。そして、2、3日の間、サンヒョクの病室に通った。当然ながら、ユジンを取り戻したサンヒョクはメキメキと元気になって周囲を安堵させた。すぐにでも退院が許可されたため、ユジンもドラゴンバレーのスキー場に戻ってきた。ユジンは何度も携帯を眺めてはため息をついた。ミニョンに、待っていてくれたのに帰らなかったことを謝りたくても、どうしても電話する勇気が出なかった。

鏡の中で揺れているポラリスのネックレスを見ていると、チョンアの声が聞こえてきた。サンヒョクの意向で、このプロジェクトをチョンアに任せることになり、ソウルに帰るユジンを呼びに来たのだ。ユジンは慌ててネックレスをシャツの中にしまって立ち上がった。
「支度は?」
「出来たわ」
「サンヒョクは退院したの?」
「ええ、明日から仕事に復帰するって。」
「辞表は撤回出来たのね?」
「ええ」
「そりゃあ良かった、、、でもあなたは?大丈夫なの?」
ユジンは平気なふりをして言った。
「もちろん!大丈夫よ。」
チョンアは今回の経緯を知っているので、浮かない顔をしている。ユジンはどう見ても大丈夫ではないし、無理をしている。チョンアは心配で仕方なかった。
「ねぇ、イミニョン理事には会ってないの?」
「オンニ、悪いけど荷物が多すぎるから、オンニの車に乗せてもらえないかな?先に行ってるね!」
ユジンが遮るように言うのを聞いて、チョンアはため息をついて後ろ姿を見送った。
ユジンは沢山の荷物を持ちながら、ミニョンの部屋のドアをじっと見つめた。本当ならきちんとお別れを言いたかった。ここでプロジェクトをチョンアに任せることにしたのは、あなたと顔を合わせるのが申し訳なくて辛いからだと打ち明けてしまいたかった。サンヒョクのために、彼のそばにいる決心をしたことを告げたかった。さよならを言いたかった。しかし、ドアは開くはずもなく、ユジンはそっとエレベーターに乗り込んで行った。
キム次長がユジンを見送りに車まで来てくれた。
「ユジンさんがいないと寂しくなるなぁ。」
「次長、またソウルで会いましょう。」
「ユジンさんがいないと、おばさんが暴走するからなぁ。」
「誰がおばさんなのよ⁉️本当に失礼な人ね。」
「だってそう呼ばれない?」
「はぁ?何言ってんのよ。」
漫才コンビのように仲が良い二人を見て、ユジンは楽しそうに笑っていた。
すると、むこうから項垂れた様子で歩いてくるミニョンの姿が見えた。
「ユジン、行くよ。」
「オンニ、ちょっと待ってて。」
「おいおい、忘れ物か?」
「どこ行くのよ、ユジン」
ユジンがミニョンのもとにゆっくりと歩いて行くのを見て、二人とも黙ってしまった。

ミニョンとユジンは雪に覆われた林の中をゆっくりと歩いた。今日もスキー場は晴天で雪に反射した光がキラキラときらめいている。ユジンとミニョンは黙ったまま、先日ポラリスのネックレスを受け取った場所までやってきた。そして静かに見つめあった。ユジンはミニョンの目をしっかりと見つめて、静かに口を開いた。

「わたし、ミニョンさんには謝りません。
あなたは、わたしの一番大事なものを持って行ったから、、、私の心を持って行ったから、、、だから謝りません。愛しています。」
ユジンは涙がいっぱいの瞳でミニョンを見つめて、ささやくような声で言った。心の奥底から絞り出したような声だった。言いたいことは沢山あるけれど、一番伝えたいことだけが届けば良い。もし、二度と会えなくとも、ミニョンには自分の気持ちだけは知ってもらいたかった。自分の身体がどこにあろうとも、誰といようとも、心だけはミニョンと一緒だと伝えたかった。

ミニョンはユジンの真摯な思いに心を打たれた。自分の思いを常に押し殺してきたユジンが、はっきりと伝えてくれたことが何より嬉しかった。例えユジンのそばにいられなくとも、今の言葉を胸に、ずっとユジンを待ち続けようと誓った。いつかユジンはポラリスを見つけて帰ってくるはずた。

涙を溜めた目のまま立ち去ろうとしたユジンをミニョンは抱きしめた。腕の中のユジンは細くて脆くて、強く抱きしめるとバラバラに壊れてしまいそうだった。それでもミニョンは強く抱きしめた。ユジンの感触を、匂いを、形を覚えていたくて、忘れたくなくて、必死で抱きしめた。このまま奪ってどこかに連れ去ってしまいたかった。
「ありがとう、ユジンさん」

ユジンもミニョンから離れ難くて、背中にしっかりと腕を回して抱きしめた。とめどない涙がミニョンの肩口を濡らした。胸いっぱいにミニョンの匂いを嗅ぐと、いつまでもこうしていたかった。しかし、左手の薬指にはまる指輪の感覚がはっとさせた。ソウルに帰らなくては。ユジンは身を斬られるような思いでミニョンをふりほどくと、振り向きもせず、泣きながら足速に雪道を去っていった。

後には残されたミニョンが、崩れ落ちそうになる身体を懸命に支えながら立ち尽くしていた。