次の日、サンヒョクは会社の廊下を上機嫌で歩いていた。ユヨルがからかうように言った。
「お前、珍しくスーツを着てるじゃないか。」サンヒョクは照れたように笑いながら話した。「まあ、ちょっと用事があって。そうだ、来週カンミヒへのインタビューが決まりましたよ。」
「わあ、うれしいなぁ。若いころ、すごくあこがれてたんだよ。」
「でも、ミヒさんから言われて僕が出向くんです。」
ユヨルは露骨にがっかりした顔をするので、サンヒョクは苦笑いするしかなかった。サンヒョクは女子社員に呼ばれて行ってしまったが、そのまま廊下を歩いて行ったユヨルは歩いてくるユジンを見つけた。昨日は父親の誕生日で、仕事帰りに春川に一緒に行く約束をしていたのだ。
「おっ、ユジンさんじゃないですか。結婚式の日取りが決まったんですよね。おめでとうございます。」
「ええ、ありがとうございます。」
「ああ、よかった。一安心だ。あいつ、入院してたときに退職願いまで送ってきたって、、、」
ユヨルが早口でまくしたてていると、サンヒョクが慌てて走ってきた。
「先輩!先輩ってば。明日の選曲をお願いします。」
急いでユヨルの腕を引っ張るとスタジオの方に押し出した。そして、ユヨルが立ち去ったのを確認したあと、ユジンに話した。
「ユジン、来るなら事前に連絡してくれよ。」
「ごめんね。それよりさっきユヨルさんが言っていた退職願ってなあに?」
「入院した時に辞表を提出したんだよ。多分、君に一言言ってやりたかったのさ。」
自分のために仕事までやめようとしていた事実を知って、ユジンはサンヒョクに申し訳なくてうつむいてしまった。
二人はそのまま春川郊外にあるユジンの父親の墓に車で向かった。サンヒョクは上機嫌で話をしていた。
「お父さんの墓前で正式に結婚の報告をしよう。良い誕生日プレゼントになるね。」
「そうね。パパには私にやさしくしてるってちゃんと言ってね。わかった?」
ユジンはサンヒョクを見つめて、おどけたように言った。
「わかったよ。」
サンヒョクは嬉しそうにユジンを見つめて目を細めた。
ユジンの父のお墓は春川郊外の湖のほとりの小高い山の上にあった。山の上からは春川を一望することができる。太陽の光が湖の水面に反射してきらきらと輝いてそれは美しい眺めだった。そして、ユジンの父ヒョンスのお墓の前に一人の女性がただずんでいた。それはカンミヒだった。お墓の上には大きな花束が置かれている。ミヒはヒョンスに語り掛けていた。
「あなた、私が誕生日を覚えていることをきっと怒っているわよね。でも仕方がないの。あなたに関することは何一つ忘れられない。あなたを忘れられないの。」
そういうとミヒはため息をついて、静かに涙を流すのだった。
そんなことは知らないサンヒョクとユジンは車で山を登ってきていた。二人はゆっくりと山を下ってくる黒いコートの女性を見かけたが、サングラスをかけていたので、まさかミヒがそんなところにいるとは知らなかった。お互いに気が付くこともなく三人はすれ違った。
ユジンとサンヒョクがお墓につくと、真新しい花束が置いてあるのが見えた。
「あら、誰かしら。お墓に来てるわ。」
「お母さんじゃないの?」
「違うと思うわ。ほんとに誰かしら」
ユジンは母親が車を持っていないので、命日ではなく父親の誕生日に来るとは考えられないと思っていた。
サンヒョクは友人ではないかと言っていたが、ユジンにはどうもそうは思えないのだった。
二人はお供え物をして膝をついてお辞儀をした。
サンヒョクは真剣な面持ちで墓前に報告した。
「お義父さん、サンヒョクです。来月ユジンさんと結婚します。必ず彼女を幸せにしますので、どうぞ見守っていてください。」
そんなサンヒョクの後姿を、ユジンは複雑な面持ちで見つめるのだった。冬の日にしては暖かい日差しと柔らかな風が、ユジンの髪をそっと揺らすのだった。
その足で二人はユジンの実家を訪ねた。久しぶりに会う母親のギョンヒは少し顔色が悪くて疲れた様子だった。ギョンヒもまた、ユジンの結婚で心が揺れている一人だったのだ。三人は居間に座って話をしていた。
「オンマ、墓前に花があったけど行ったの?」
「ううん、行ってないわ。でもありがたいことね。家族でもないのに誕生日を覚えていてくれるなんて。夫も喜ぶわ。」
ギョンヒは柔らかく微笑んだ。
「お義父さんには結婚の報告をしてきました。」
サンヒョクが嬉しそうに報告をした。
「あの人も喜んでいたでしょう?」
「はい。喜んでました。」
楽しそうに会話する二人をしり目に、ユジンだけがうつむいて黙っているのだった。
すると、おもむろにサンヒョクがスーツのポケットから封筒を取り出した。
何かしら?」
ギョンヒは怪訝な顔をしてサンヒョクを見つめた。
「ユジンは断るでしょうが、結婚の足しにしてほしくて。」
封筒の中にはかなりの額の札束が入っているようだった。
ユジンはサンヒョクに封筒を返そうとしたが、サンヒョクは受け取らない。それどころか、ユジンは黙っていてくれと一言いうのだった。サンヒョクは自分の貯金だといって譲らない。そんなサンヒョクの気持ちを断れずに、ギョンヒはお金を受け取った。ユジンは、そんなサンヒョクを怒ったような顔で見つめていた。やがてあきらめたように一つため息をつくと、またうつむいてしまうのだった。