そのころ、カンジュンサンとイミニョンが同一人物だと気が付いたサンヒョクは、ユジンの家に飛び込んだ。二人が同一人物だと知ったら、ユジンは今度こそミニョンのもとに行ってしまうだろう。ユジンを手放すわけにはいかない。ミニョンがユジンに真実を話すより前に、ユジンをつかまえなければならない。しかし、予想に反してユジンは実家にはおらず、南怡島に向かったことがわかった。サンヒョクは全速力で南怡島に向かい車を走らせた。
一方でユジンはひとり南怡島を散策していた。ここにも春の兆しがそこかしこに感じられた。1月は雪と氷におおわれるが、今は雪はなく暖かな日差しが、メタセコイヤを穏やかに照らしていた。今日も湖面はキラキラと輝いている。メタセコイヤの並木をくぐり抜けて広場につくと、いつかチュンサンと雪だるまを作ったベンチが今も変わらずに残っているのが見えた。ユジンは晴天の空を眺めてため息をついた。
『ユジンさん、ここはこんなにきれいなのになぜそんな悲しい顔をするんですか?あなたは悲しい思い出しか見ていないんだ』
ここはチュンサンとの思い出の場所なのに、なぜか今は心にミニョンの声が響いている。ユジンは不思議な気持ちになった。そして木立と湖をふと眺めると、向こうから誰かが歩いてくるのが見えた。キラキラした湖面がまぶしくてしばらくそれが誰かわからなかったが、よく目を凝らすとミニョンだと気が付いた。まるで彼は幻のようだった。ユジンはびっくりした。なぜここにミニョンがいるのだろうと。
ミニョンは家を飛び出した後、衝動的に南怡島に向かった。自分が何を求めているかわからなかったが、カンジュンサンのことは、ユジンから聞いた南怡島の思い出しかなかったので、自然に足が向かったのだ。母親の狼狽ぶりと話から考えて、自分がカンジュンサンなのは間違いはなかったが、そういわれても全く自覚はなかった。むしろ、全く記憶はないのに自分が赤の他人だと断言されて、頭の中は大混乱で心はショック状態だった。
自分はだれなのだろうか。
これから誰として生きていけばよいのだろうか。
どう生きていけばよいのだろうか。
そもそもイミニョンとは何者なのだろうか。
カンジュンサンはなぜ消されてイミニョンになったのだろうか。
自分はだれなのだろうか。誰なのだろうか。
何よりもユジンをあんなに悲しませて傷つけた張本人が自分だったこと、それなのに別人として愛の告白までしたことが、申し訳なくてたまらなかった。これから自分はユジンにどう接していけばよいのだろうか。カンジュンサンだと告白をしてよいものだろうか。告白したらユジンはどう思うだろうか。いくら考えても心は混乱するばかりで答えは出ないのだった。
気持ちが乱れたまま木立をあるいていると、向こうにユジンがひっそりと立っているのが見えた。
なぜユジンがこんなところにいるのかわからないが、いつものような悲しそうなさみし気な表情をしている。それは愛する人を失って2度と傷が癒えない人間の顔つきだった。ミニョンの心は申し訳なさで息苦しくなるほどだった。今までミニョンとして話したいことは星の数ほどあったのに、今はだれとしてどんな言葉をかければいいのかよくわからなくなっていた。
二人は木立をあいだに向かい合って、しばらく無言のまま見つめあった。
「ミニョンさん、こんなところで会うなんて、、、、こんな偶然てあるんですね。びっくりしました。どうしましたか?」
しかしミニョンは目に涙を浮かべてじっとユジンを見ていた。まるで幽霊にでもであったように呆然としている。何か言いたそうだが言葉が出ないという感じでユジンを見つめているばかりだった。
「何か用事でもあるんですか?」
「ミニョンさん、どうしたんですか?」
覗き込むように自分を見つめるユジンにミニョンはついに口を開いた。
「、、、ユジンさん、僕、変ですよね?」
ユジンは驚いて目を見張り、ミニョンを見つめた。
「、、、ほんとに変なんです」
ミニョンは苦しそうな表情で声を絞り出した。
「何かあったんですか?ミニョンさん」
ついにミニョンは自分がカンジュンサンだと告白するのは今だ、勢いのまま話してしまおう、と口を開いた。
「ユジンさん、もしもですけど、もしも、、、僕が、、、」
しかしそのとき走ってくる足音が聞こえ、その続きは宙に浮いたまま発せられることはなかった。
「ユジン!」
それはミニョンに先を越されてはいけないと、急いで駆け付けたサンヒョクだった。サンヒョクも恐ろしいほどに真剣な顔をしている。ユジンはサンヒョクの雰囲気におどおどしてしまい、悪いことをしているみたいにうつむいた。
「サンヒョク、何でここがわかったの?」
サンヒョクはしばらく恐ろしいものを見るようにミニョンを見つめた後、ユジンの方をむいた。
「お母さんに聞いたんだよ」
そしてミニョンをあらためて見ていった。
「こんにちわ。イミニョンさん。」
その声は重々しく聞こえた。お前はイミニョンだからな、とくぎを刺しているようだった。ミニョンはそんなサンヒョクを呆然と見ているばかりだった。サンヒョクの意図がミニョンにも伝わったのだ。まさか、自分がカンジュンサンだと知っているとは思わなかったが、悪意だけははっきりと感じ取れた。
ユジンは二人の重苦しい空気を感じて焦っていた。またサンヒョクが誤解したらミニョンがつらく当たられてしまうかもしれない。
「あのね、さっき来たらミニョンさんもここに偶然来て会ったの。」
しかしサンヒョクは怒りもせずに帰ろうと言い出した。ユジンは拍子抜けした。サンヒョクはユジンの手を引っ張ってその場を去ろうとした。しかし、ユジンはミニョンの様子があまりにも変なので、後ろ髪をひかれる思いでミニョンを振り返りながら去っていくのだった。一方で残されたミニョンは、ユジンの目を見ることもできずにその場に立ちすくんだままだった。二人が去ってもミニョンは木立にずっと立っていた。ショックのあまり一歩もうごくことが出来なかったのだ。やがてゆっくりと陽が落ちたて夜のとばりが静かに彼を包むのだった。