敬愛していたK先生は、銀座のバーやクラブが、とても好きだった。私は時々、先生に連れられて、いろいろな店へ行った。カラオケのある店や、ない店。ホステスが多い店や、ママとバーテンだけの店。某出版社社長の元妻がママの店や、某有名作家の愛人がママの店など、文壇バーとか文壇クラブと呼ばれる店が多かった。
そんな中で、女の私がK先生の傍にいると、「商売がやりにくいわ」と言わんばかりの顔をするホステスやママがいるが、それは無理もないこと。彼女たちにとって、女の客は店にお金を払うわけではないのに、作り笑いとお世辞を口にしなければならない。しかも自分たちは仕事のため、「頂いていいかしら」と、男性客に聞いてからお酒を飲む立場なのに、連れの女性客はお金を払う男性客から奢られる立場。同じ女性として、全く不本意な客である。──ということがわかるまで、何年か、かかったけれど。
ある時、K先生は電話で、ホステスに〈同伴〉を頼まれて、その前に食事をするが、3人で一緒に食べようと誘って下さった。私は何かの用事があったのか、気が進まなかったか忘れてしまったが、丁重に断った。ホステスが男性客を〈同伴〉で店へ行くのは仕事と知っている。その後もK先生から、ホステスの〈同伴〉前に3人で食事をと何度か誘われたが、やはり口実を口にしたりして断った。
その何年か前に、〈同伴〉ではなく、某有名作家の絵画の個展のオープニング・パーティの後、熟女ママと3人で食事したことがあり、その時、初めて、
(私が一緒にいるから、ショーバイやりにくそう)
と、感じたものだった。それで、ホステスの〈同伴〉の仕事の時の食事には、誘われても行く気になれなかったのである。
数年後、K先生と銀座で食事した後、行きつけの文壇バーへ誘われた時、歩きながら、思いがけないことを言われた。
「バーやクラブへ、女性を連れて行くのは、男の見栄なんだ」
と。
「男の見栄……?」
私は、意味がよくわからなかった。
「ママやホステス目当てに物欲しそうな顔して店に行くより、ぼくにはこうして付き合ってくれる女性がいるんだ、って見せびらかしたいんだ」
と、茶目っ気たっぷりの笑顔になったので、その心理にちょっと驚くと同時に、K先生が可愛らしくなってしまった。
そう言えば、そんなタネあかしをするずっと前、あるバーのママに、
「まあ、先生、今夜は素敵な彼女とご一緒で、幸せそうね」
と言われて、K先生がニヤニヤしていたことがあったのを思い出した。
男性の見栄は、時には子供っぽかったり、可愛らしかったりする。K先生が亡くなられて1年経っても、そのことを思い出す。
そんな中で、女の私がK先生の傍にいると、「商売がやりにくいわ」と言わんばかりの顔をするホステスやママがいるが、それは無理もないこと。彼女たちにとって、女の客は店にお金を払うわけではないのに、作り笑いとお世辞を口にしなければならない。しかも自分たちは仕事のため、「頂いていいかしら」と、男性客に聞いてからお酒を飲む立場なのに、連れの女性客はお金を払う男性客から奢られる立場。同じ女性として、全く不本意な客である。──ということがわかるまで、何年か、かかったけれど。
ある時、K先生は電話で、ホステスに〈同伴〉を頼まれて、その前に食事をするが、3人で一緒に食べようと誘って下さった。私は何かの用事があったのか、気が進まなかったか忘れてしまったが、丁重に断った。ホステスが男性客を〈同伴〉で店へ行くのは仕事と知っている。その後もK先生から、ホステスの〈同伴〉前に3人で食事をと何度か誘われたが、やはり口実を口にしたりして断った。
その何年か前に、〈同伴〉ではなく、某有名作家の絵画の個展のオープニング・パーティの後、熟女ママと3人で食事したことがあり、その時、初めて、
(私が一緒にいるから、ショーバイやりにくそう)
と、感じたものだった。それで、ホステスの〈同伴〉の仕事の時の食事には、誘われても行く気になれなかったのである。
数年後、K先生と銀座で食事した後、行きつけの文壇バーへ誘われた時、歩きながら、思いがけないことを言われた。
「バーやクラブへ、女性を連れて行くのは、男の見栄なんだ」
と。
「男の見栄……?」
私は、意味がよくわからなかった。
「ママやホステス目当てに物欲しそうな顔して店に行くより、ぼくにはこうして付き合ってくれる女性がいるんだ、って見せびらかしたいんだ」
と、茶目っ気たっぷりの笑顔になったので、その心理にちょっと驚くと同時に、K先生が可愛らしくなってしまった。
そう言えば、そんなタネあかしをするずっと前、あるバーのママに、
「まあ、先生、今夜は素敵な彼女とご一緒で、幸せそうね」
と言われて、K先生がニヤニヤしていたことがあったのを思い出した。
男性の見栄は、時には子供っぽかったり、可愛らしかったりする。K先生が亡くなられて1年経っても、そのことを思い出す。