2012-07-05
3.デビッドおじさんの苦悩
暗くて長いトンネルの中を、Mフォンのライトだけではわからない障害物に、キラシャは何度も足をひっかけた。
鼻をつくようなにおいも感じたので、戦争中におきざりにされた亡骸もあったかもしれない。
キラシャはつまずくたびに「ごめんなさい! 」とあやまった。
その度にケンは「大丈夫か? 」と声をかけ、
キラシャの腕をつかんでひっぱり、必死で走り続けた。
小さいころは、キラシャの方が、イジメやケンカでしょぼくれていたケンを心配して、
「大丈夫?」と声をかける方だった。
ひどい時には、いたずらな上級生に食堂のシャンデリアにつり下げられ、縛られた手が真紫になるくらいホッておかれたケン。
気がついたキラシャとタケルが、率先してテーブルやいすを必死に組み合わせ、上級生に手伝ってもらい、ぐったりしたケンの救出を手助けした。
保護者が親でないとか、イジメても保護者があまり文句を言わないという子供は、特にイジメっ子のターゲットにされるのだ。
キラシャは、そんなケンのために、キャップ爺を紹介した。
ひ弱だったケンも、キャップ爺の話す外海の話を、キラシャと一緒に、目を輝かせて聞いた。
成長するにつれて、ケンも男の子らしい激しい遊びに加わるようになり、今はパスボーでも得点を重ねる活躍だ。
キラシャは、意外なくらいケンが力強くなったことに、少しだけ胸がキュンとなった。
『これがタケルだったら…』
キラシャはチラッと思ったが、この危険な時を乗り切るには、ケンについてゆくことが最優先だ。
ケンは、暗いところでも障害物がカンでわかるらしい。
パールの兄弟も、動物のようなカンで障害物を乗り越えていた。
ルビーおばさんも、デビッドおじさんが抱えて移動していたようだ。
マイクも、大きな身体をゆさゆさゆらしながら後に続いていたが、いつの間にかパールに手を引っ張られていた。
キラシャは、ずっとホスピタルで静養していたので、早く息が切れた。
『もうこれ以上、足が動かないよ~』
キラシャがネをあげそうになったころ、ようやく小さい明かりが遠くに見えてきた。
パールの兄弟と、オパールおばさんを抱えていた青年が先に到着し、ドアの向こうにいる仲間と話をしていた。
ドアが開くと、目の前に道が広がり、何百人も入れそうな広場が見えた。
オパールおばさんが、用意されていた車いすに乗せてもらうと、集まっていたたくさんの人とともに広場に向かった。
広場に面した建物の壁には、スクールで学んだことのある古い型のプロジェクターで、少し前の映画を映していた。
「最新のものが買えるほど、お金があればいいのだが…。
これが故障した時に、私に仕事がまわってくるんだよ。
ただ、食べ物もろくに口にできない人達からお金をもらうというのは、複雑な気持ちだね…」
とデビッドおじさんは言った。
「だからこそ、この人達を助けたいと思うんだ。
貧しい暮らしから抜け出すことはできないにしても、こういった映画を通して、いろんな世界を見てもらいたい。
他のエリアみたいに、安全に住めるところがあって、欲しいものが買えるような生活をするには、どうしたらいいんだろうって、話しかけてみたんだ。
でもね…。
『戦争が終わらないと、何もできないよ。
それに…。
戦争が終わっても、またすぐに次の戦争が始まるンだ…』
帰ってくる答えは、今も変わらない。
戦争で肉親を失えば、その相手をにくむ気持ちが、また次の戦争に駆り立ててしまう。
自分達の生活を脅かす相手が、自分達よりも裕福な生活をしようとすれば、なおさらのことだ。
戦争には、ルールがない。
強いものが、弱いものを傷つけ、その幸せを奪いとることで、自分達の生活を守ろうとする。
この闘いが、繰り返されて今があるんだ。
もっと強い力で、もっとたくさんの、いろんなエリアの人達の協力がないと…。
しかも、防衛軍のような大きな軍隊が入って、本気で戦争をやめさせて、
問題を解決しようと動かない限り、
…今の、この困難な状況を変えることはできないんだ…」
デビッドおじさんは、深いため息をついた。