先日の「解析学入門のための教科書談義」に続き、今回も4月から大学に通い始める新入生を意識した記事である。理工系学部の必修科目の線形代数学だ。
現在では「線形代数」と表記するのが一般的だが、これは岩波の数学事典での表記の影響などにより統一されていったそうだ。昔の教科書や昔の表記にこだわりをもっている人は今でも「線型代数」という表記を使っている。
学問としての線形代数学はとても古く連立方程式の解法との関連で1750年頃までに行列式が発見されていたが、行列が意識され始めたのは1850年以降だ。
1916年の一般相対性理論ではアインシュタインが行列を拡張したテンソルを使って計算を進めていたし、量子力学ではハイゼンベルクが行列力学を発表したのが1925年であることからもわかるように20世紀初頭に線型代数は物理学でも使われるようになっていた。
しかし微積分学(解析学)とは異なり、線形代数が日本の大学教育に持ち込まれたのは戦後のことである。以下のPDF史料からわかるように、戦前の旧制高校(現在の大学教養課程)のカリキュラムで線形代数は教えられていない。日本語の教科書もなかったので線形代数を学びたい学生は洋書で学ぶしか手段がなかったことになる。(翌日追記:記事をお読みいただいた「ふくちゃん」からコメント欄を通じて教えていただいたのだが藤原松三郎『代数学(全二巻)』内田老鶴圃という名前の教科書があり、線型代数に通じる内容が含まれていたそうだ。ふくちゃん、ありがとうございました。後日追記:この名著は復刊した。「発売情報: 藤原松三郎の「代数学」「微分積分学」が新装復刊」)
旧制高校について:「近代数学」 と学校数学 (その 2 )旧制高等学校の数学
http://www.kurims.kyoto-u.ac.jp/~kyodo/kokyuroku/contents/pdf/1130-16.pdf
それではいつ頃から線形代数が大学で教えられるようになったのだろう?
ネットで調べたり、大先輩の先生方にお話をうかがったところ、次の3つのことがわかった。
- 1960年に山口大学理学部数学科には線形代数の授業がなかった。
- 1963年に東京大学理学部数学科には線形代数の授業があった。
- 1965年に東京工業大学工学部金属工学科では授業の中で行列式が教えられていた。
また1965年くらいから日本語の教科書が次々と発売されていることがわかった。おそらく1960年代の前半から大学で教えられるようになったとみるべきだろう。
今回の記事でも世代別にその時代の定番とされている教科書を紹介しよう。線型代数の教科書は理論を重視した難しめのものと、具体的な計算練習を重視した易しめのものに大別されるが、この記事で紹介するのは前者に分類される教科書である。
線形代数を学ぶのは大学教養課程の学生がほとんどだ。その時期に青春時代を過ごす学生が見ていたであろう吉永小百合さん主演の映画を時間軸にとって教科書を紹介することにした。
美しき抵抗(1960)、キューポラのある街(1962)世代
この時代に刊行された日本語の教科書はほとんど見つからなかった。かろうじて見つけることができたのがこの2つである。
「行列と行列式:佐武一郎」- 1958
佐武先生の教科書は現在に至るまで、ずっと読み継がれている名著だ。そのさきがけとなった教科書は1958年に刊行された。実物は見たことがないのだが、アマゾンのレビュー記事によると紙数の都合によりテンソルの解説を含めることができなかったそうである。
「線型代数学 2分冊 :ア・イ・マリツェフ」- 1960, 1961
詳細は以下のページに書かれているが、この教科書は1956年に刊行されたロシア語版第2版を翻訳したものと思われる。(実物を確認したわけではないので確かではないが。)
Malcev: Foundations of Linear Algebra Introduction
http://www-history.mcs.st-and.ac.uk/Extras/Malcev_Linear_Algebra.html
愛と死の記録(1966)世代
1960年代後半には日本語の教科書がたくさん刊行されているが、有名なのがこの教科書だ。
「線型代数入門:齋藤正彦」- 1966
理論中心の教科書なので初学者が気楽に読める本ではないが、名著であることは確かである。今もなお読み継がれている本であるし、版を何刷も重ねているので誤植もない。ただしジョルダン標準形の箇所はわかりにくいので、他の教科書で学んだほうがよい。ちなみにこの教科書と演習書はKindle化されている。(Kindle版を確認)
内容紹介と目次は出版社のページを参照してほしい。
線型代数入門:齋藤正彦
http://www.utp.or.jp/book/b302039.html
また演習問題の解答はこのPDFで読むことができる。
青春の門(1975)世代
この映画が公開された年に僕は小学校を卒業したので、おぼろげながら記憶している映画だ。
「線型代数学:佐武一郎」- 1974
1958年に刊行された「行列と行列式:佐武一郎」を線形代数の教科書として完成させたのがこの教科書だ。こちらも理論重視の名著。
線型代数学に関するもっとも基礎的な理論および諸概念を明快に解説し、内容が充実している。より本格的に線型代数学を学びたい読者にとって最適の参考書でもある。第V章のテンソル代数は、表現論や微分幾何学を学ぶ上で特に重要な概念について詳述している。2006年度日本数学会出版賞受賞。
内容紹介と目次は出版社のページを参照してほしい。
線型代数学:佐武一郎
https://www.shokabo.co.jp/mybooks/ISBN978-4-7853-1301-2.htm
細雪(1983)世代
僕がこの世代で「細雪」も学生時代に見たことがある。
「線型代数入門:松坂和夫」- 1980
これまで紹介した理論重視の教科書とは違い、工学部や文科系の学生にも読めるように配慮された本である。くどいと思えるくらい丁寧に解説されているので自習するのに向いている。この教科書は新装版が書籍とKindle版が2018年暮れに刊行されている。(確認する)
詳細目次は次のページで確認いただける。
松坂線型代数入門の目次
http://phdstrangelove.blog.so-net.ne.jp/2014-04-25
演習問題の解答はこのページで読むことができる。
母と暮らせば(2015)世代
今年大学に入学する学生は幸せ者である。佐武先生や齋藤先生の名著の決定版で学べるからだ。それだけでなく長谷川先生の教科書がいま話題になっている。数学者の黒木玄先生もツイッターで「長谷川先生の本と佐武先生の本を両方とも読むとよい。」とおっしゃっている。(参考リンク:「黒木さん発言録: 佐武『線形代数学』と長谷川浩『線形代数』が面白いという話をまとめた」)
「線型代数[改訂版]:長谷川浩司」- 2015(紹介記事)
408ページと今回紹介した中ではいちばんボリュームがある。昨年刊行されたばかりだが、今回の改訂版は高校数学の行列の内容を第0章として加えたものだ。改訂前の教科書は「線型代数:長谷川浩司」として2004年に刊行された。改訂前の本(390ページ)の中古価格はとても安いので、高校数学の行列は不要という方は改訂前の本をお買い求めになるとよいだろう。改訂前の本をお買い求めの場合は長谷川先生のHPに掲載されている誤植情報に注意。改訂版についても誤植はほとんどないのがよいところ。
詳細目次は次のページで確認いただける。
線型代数[改訂版]
http://www.nippyo.co.jp/book/6704.html
「線型代数学(新装版):佐武一郎」- 2015(紹介記事)
2006年度日本数学会出版賞受賞した1974年版をもとに、最新の組版技術によって新たに本文を組みなおしたもの。内容については原則変更を加えず、一部の文字づかいが改められている。
内容紹介と目次は出版社のページを参照してほしい。
線型代数学(新装版)
https://www.shokabo.co.jp/mybooks/ISBN978-4-7853-1316-6.htm
「齋藤正彦線型代数学」- 2014
1966年以来読み継がれてきた「線型代数入門:齋藤正彦」を改訂し「決定版」として2014年に刊行した教科書だ。旧版で不備のあったジョルダン標準形定理の証明が、単因子論を使うものから直接行列ないし線型変換を計算するものに変わったことにより、ずっとわかりやすくなった。ページ数は1966年版とほぼ同じの273ページである。
ただし初版第1刷にはかなり多くの誤植があるのが難点。正誤表や詳しい目次は次のページを参照してほしい。初版の本には紙1枚の正誤表が挟まれているが、この正誤表にも一部誤りがあるのと、その後も誤植が見つかっているのでネット上に公開されている正誤表を参照していただきたい。
齋藤正彦 線型代数学
http://www.tokyo-tosho.co.jp/books/978-4-489-02179-4/
その他の名著
「ラング線形代数学(上) 」- 2010
「ラング線形代数学(下) 」- 2010
名著には違いない。6年前にようやく日本語で読めるようになった。しかし翻訳のもとになった原書は1970年版だそうなので、英語でお読みになれる方は最新版「Linear Algebra (Undergraduate Texts in Mathematics)第3版:1987年」をお読みになるとよいだろう。ハードカバー、ペーパーバックのほかKindle版も購入できる。
最後にもうひとつ。先月日本語版がでたばかりで話題になりつつある教科書。608ページもある大著だ。こういう素晴らしい教科書が手に入る今の学生はうらやましい限りだ。
「世界標準MIT教科書 ストラング:線形代数イントロダクション」(日本語Kindle版)(英語原書)(英語原書新版)
内容紹介
世界中の学生・研究者のバイブル 邦訳完成!!
MITの名物博士ストラング先生の、線形代数入門書の邦訳である。
同書は、大変大きな支持を得て世界中の大学で教科書・参考書として活用されている。高校数学を入口とし、平易なところからスタートして、膨大な量の演習問題を解きながら、線形代数の本質の理解へと進めていける。また、後半部分では、読者が必要としている線形代数の工学的側面にかかわる課題を、具体的な応用事例とその演習問題を解くことにより、本質を学び取ることができる。
演習問題の解答、復習のための概念的な質問集、用語集などもあり、より確実に学べるよう工夫されている。全工学系の学生、研究者必携必読の書である。
原書は、MIT(マサチューセッツ工科大学)の名物教授ギルバート・ストラング博士による珠玉の講義“18.06 Linear Algebra”で長年使われてきた講義テキストです。暗記や演習の繰り返しを重視する他の線形代数の教科書とは一線を画し、その深奥にある数学の本質を学生たちに理解させるための構成が光る一冊です。まずは簡単な「ベクトル」から始まり、徐々に、そして着実に「行列」さらに「部分空間」の説明へと向かいます。「数」ではなく「行ベクトル」や「列ベクトル」に注目するストラング教授の工夫に満ちた教え方によって、学生たちはあたかも絵を見るように行列の演算を理解することでしょう。その1つの到達点は、線形代数の核心的な概念である「4つの基本部分空間」の理解にあります。本書第4版では、この概念をより効率よく学べるよう第3版の構成が大きく見直され、新たに挑戦問題も加わりました。とはいえ、第2版までに培われた実績とノウハウ、そしてあまりにも豊富な例題や練習問題は健在です。第7章までが基礎コース、それ以降は応用コースという位置づけですが、第8章だけで相当の数の応用例が示されています。
演習書は数多く出ているのでどれがよいか決めるのほとんど不可能。大学で指定された本や自分の好みやレベルに合わせて買うのがいちばんよいと思う。
僕が大学生の頃に使っていたのは1979年刊行の「詳説演習微分積分学」と1981年刊行の「詳説演習線形代数学」だ。先日格安のものを見つけたので懐かしさが手伝って購入しておいた。どちらも古いロングセラーの本だが、現在でもじゅうぶん通用するので最後に紹介しておいた。
2020年に次の4冊が発売された。これもお勧めである。「加藤文元先生の微分積分・線形代数の教科書とチャート式参考書(数研出版)」という記事をお読みいただきたい。
なお今日紹介した教科書を含め、易しいものから難しいものまで線型代数の教科書一覧と解説はこのページで確認することができる。
大学生のための定期試験対策サイト
http://university.sakuraweb.com/university_genre_list.php
関連記事:
線型代数学(新装版):佐武一郎
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/68045ac328ae84567ee61c91f03bb99e
線型代数[改訂版]: 長谷川浩司
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/2ef742e3bfe4561bea2b6994bc16909c
改訂版 行列とベクトルのはなし: 大村平
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/71c73f4258b48518957d5995d96f81ad
高校数学でわかる線形代数:竹内淳
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/622b94fbf39e086f13185565df9519aa
発売情報: 藤原松三郎の「代数学」「微分積分学」が新装復刊
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/140799e9f304a45fe4d94ec4461ee7ec
大学で学ぶ数学とは(概要編)
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/07137c47d16d95ddde8f5c4cb6f37d55
大学で学ぶ数学とは(実用数学編)
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/975ad3faa2f6fd558b48c76513466945
解析学入門のための教科書談義
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/22c325e49cfd7c721679dbc2896b86a4
ちょっと気になる常微分方程式の本
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/779e59b0996c582373308c0a4facf16f
ブログ執筆のはげみになりますので、1つずつ応援クリックをお願いします。
現在では「線形代数」と表記するのが一般的だが、これは岩波の数学事典での表記の影響などにより統一されていったそうだ。昔の教科書や昔の表記にこだわりをもっている人は今でも「線型代数」という表記を使っている。
学問としての線形代数学はとても古く連立方程式の解法との関連で1750年頃までに行列式が発見されていたが、行列が意識され始めたのは1850年以降だ。
1916年の一般相対性理論ではアインシュタインが行列を拡張したテンソルを使って計算を進めていたし、量子力学ではハイゼンベルクが行列力学を発表したのが1925年であることからもわかるように20世紀初頭に線型代数は物理学でも使われるようになっていた。
しかし微積分学(解析学)とは異なり、線形代数が日本の大学教育に持ち込まれたのは戦後のことである。以下のPDF史料からわかるように、戦前の旧制高校(現在の大学教養課程)のカリキュラムで線形代数は教えられていない。日本語の教科書もなかったので線形代数を学びたい学生は洋書で学ぶしか手段がなかったことになる。(翌日追記:記事をお読みいただいた「ふくちゃん」からコメント欄を通じて教えていただいたのだが藤原松三郎『代数学(全二巻)』内田老鶴圃という名前の教科書があり、線型代数に通じる内容が含まれていたそうだ。ふくちゃん、ありがとうございました。後日追記:この名著は復刊した。「発売情報: 藤原松三郎の「代数学」「微分積分学」が新装復刊」)
旧制高校について:「近代数学」 と学校数学 (その 2 )旧制高等学校の数学
http://www.kurims.kyoto-u.ac.jp/~kyodo/kokyuroku/contents/pdf/1130-16.pdf
それではいつ頃から線形代数が大学で教えられるようになったのだろう?
ネットで調べたり、大先輩の先生方にお話をうかがったところ、次の3つのことがわかった。
- 1960年に山口大学理学部数学科には線形代数の授業がなかった。
- 1963年に東京大学理学部数学科には線形代数の授業があった。
- 1965年に東京工業大学工学部金属工学科では授業の中で行列式が教えられていた。
また1965年くらいから日本語の教科書が次々と発売されていることがわかった。おそらく1960年代の前半から大学で教えられるようになったとみるべきだろう。
今回の記事でも世代別にその時代の定番とされている教科書を紹介しよう。線型代数の教科書は理論を重視した難しめのものと、具体的な計算練習を重視した易しめのものに大別されるが、この記事で紹介するのは前者に分類される教科書である。
線形代数を学ぶのは大学教養課程の学生がほとんどだ。その時期に青春時代を過ごす学生が見ていたであろう吉永小百合さん主演の映画を時間軸にとって教科書を紹介することにした。
美しき抵抗(1960)、キューポラのある街(1962)世代
この時代に刊行された日本語の教科書はほとんど見つからなかった。かろうじて見つけることができたのがこの2つである。
「行列と行列式:佐武一郎」- 1958
佐武先生の教科書は現在に至るまで、ずっと読み継がれている名著だ。そのさきがけとなった教科書は1958年に刊行された。実物は見たことがないのだが、アマゾンのレビュー記事によると紙数の都合によりテンソルの解説を含めることができなかったそうである。
「線型代数学 2分冊 :ア・イ・マリツェフ」- 1960, 1961
詳細は以下のページに書かれているが、この教科書は1956年に刊行されたロシア語版第2版を翻訳したものと思われる。(実物を確認したわけではないので確かではないが。)
Malcev: Foundations of Linear Algebra Introduction
http://www-history.mcs.st-and.ac.uk/Extras/Malcev_Linear_Algebra.html
愛と死の記録(1966)世代
1960年代後半には日本語の教科書がたくさん刊行されているが、有名なのがこの教科書だ。
「線型代数入門:齋藤正彦」- 1966
理論中心の教科書なので初学者が気楽に読める本ではないが、名著であることは確かである。今もなお読み継がれている本であるし、版を何刷も重ねているので誤植もない。ただしジョルダン標準形の箇所はわかりにくいので、他の教科書で学んだほうがよい。ちなみにこの教科書と演習書はKindle化されている。(Kindle版を確認)
内容紹介と目次は出版社のページを参照してほしい。
線型代数入門:齋藤正彦
http://www.utp.or.jp/book/b302039.html
また演習問題の解答はこのPDFで読むことができる。
青春の門(1975)世代
この映画が公開された年に僕は小学校を卒業したので、おぼろげながら記憶している映画だ。
「線型代数学:佐武一郎」- 1974
1958年に刊行された「行列と行列式:佐武一郎」を線形代数の教科書として完成させたのがこの教科書だ。こちらも理論重視の名著。
線型代数学に関するもっとも基礎的な理論および諸概念を明快に解説し、内容が充実している。より本格的に線型代数学を学びたい読者にとって最適の参考書でもある。第V章のテンソル代数は、表現論や微分幾何学を学ぶ上で特に重要な概念について詳述している。2006年度日本数学会出版賞受賞。
内容紹介と目次は出版社のページを参照してほしい。
線型代数学:佐武一郎
https://www.shokabo.co.jp/mybooks/ISBN978-4-7853-1301-2.htm
細雪(1983)世代
僕がこの世代で「細雪」も学生時代に見たことがある。
「線型代数入門:松坂和夫」- 1980
これまで紹介した理論重視の教科書とは違い、工学部や文科系の学生にも読めるように配慮された本である。くどいと思えるくらい丁寧に解説されているので自習するのに向いている。この教科書は新装版が書籍とKindle版が2018年暮れに刊行されている。(確認する)
詳細目次は次のページで確認いただける。
松坂線型代数入門の目次
http://phdstrangelove.blog.so-net.ne.jp/2014-04-25
演習問題の解答はこのページで読むことができる。
母と暮らせば(2015)世代
今年大学に入学する学生は幸せ者である。佐武先生や齋藤先生の名著の決定版で学べるからだ。それだけでなく長谷川先生の教科書がいま話題になっている。数学者の黒木玄先生もツイッターで「長谷川先生の本と佐武先生の本を両方とも読むとよい。」とおっしゃっている。(参考リンク:「黒木さん発言録: 佐武『線形代数学』と長谷川浩『線形代数』が面白いという話をまとめた」)
「線型代数[改訂版]:長谷川浩司」- 2015(紹介記事)
408ページと今回紹介した中ではいちばんボリュームがある。昨年刊行されたばかりだが、今回の改訂版は高校数学の行列の内容を第0章として加えたものだ。改訂前の教科書は「線型代数:長谷川浩司」として2004年に刊行された。改訂前の本(390ページ)の中古価格はとても安いので、高校数学の行列は不要という方は改訂前の本をお買い求めになるとよいだろう。改訂前の本をお買い求めの場合は長谷川先生のHPに掲載されている誤植情報に注意。改訂版についても誤植はほとんどないのがよいところ。
詳細目次は次のページで確認いただける。
線型代数[改訂版]
http://www.nippyo.co.jp/book/6704.html
「線型代数学(新装版):佐武一郎」- 2015(紹介記事)
2006年度日本数学会出版賞受賞した1974年版をもとに、最新の組版技術によって新たに本文を組みなおしたもの。内容については原則変更を加えず、一部の文字づかいが改められている。
内容紹介と目次は出版社のページを参照してほしい。
線型代数学(新装版)
https://www.shokabo.co.jp/mybooks/ISBN978-4-7853-1316-6.htm
「齋藤正彦線型代数学」- 2014
1966年以来読み継がれてきた「線型代数入門:齋藤正彦」を改訂し「決定版」として2014年に刊行した教科書だ。旧版で不備のあったジョルダン標準形定理の証明が、単因子論を使うものから直接行列ないし線型変換を計算するものに変わったことにより、ずっとわかりやすくなった。ページ数は1966年版とほぼ同じの273ページである。
ただし初版第1刷にはかなり多くの誤植があるのが難点。正誤表や詳しい目次は次のページを参照してほしい。初版の本には紙1枚の正誤表が挟まれているが、この正誤表にも一部誤りがあるのと、その後も誤植が見つかっているのでネット上に公開されている正誤表を参照していただきたい。
齋藤正彦 線型代数学
http://www.tokyo-tosho.co.jp/books/978-4-489-02179-4/
その他の名著
「ラング線形代数学(上) 」- 2010
「ラング線形代数学(下) 」- 2010
名著には違いない。6年前にようやく日本語で読めるようになった。しかし翻訳のもとになった原書は1970年版だそうなので、英語でお読みになれる方は最新版「Linear Algebra (Undergraduate Texts in Mathematics)第3版:1987年」をお読みになるとよいだろう。ハードカバー、ペーパーバックのほかKindle版も購入できる。
最後にもうひとつ。先月日本語版がでたばかりで話題になりつつある教科書。608ページもある大著だ。こういう素晴らしい教科書が手に入る今の学生はうらやましい限りだ。
「世界標準MIT教科書 ストラング:線形代数イントロダクション」(日本語Kindle版)(英語原書)(英語原書新版)
内容紹介
世界中の学生・研究者のバイブル 邦訳完成!!
MITの名物博士ストラング先生の、線形代数入門書の邦訳である。
同書は、大変大きな支持を得て世界中の大学で教科書・参考書として活用されている。高校数学を入口とし、平易なところからスタートして、膨大な量の演習問題を解きながら、線形代数の本質の理解へと進めていける。また、後半部分では、読者が必要としている線形代数の工学的側面にかかわる課題を、具体的な応用事例とその演習問題を解くことにより、本質を学び取ることができる。
演習問題の解答、復習のための概念的な質問集、用語集などもあり、より確実に学べるよう工夫されている。全工学系の学生、研究者必携必読の書である。
原書は、MIT(マサチューセッツ工科大学)の名物教授ギルバート・ストラング博士による珠玉の講義“18.06 Linear Algebra”で長年使われてきた講義テキストです。暗記や演習の繰り返しを重視する他の線形代数の教科書とは一線を画し、その深奥にある数学の本質を学生たちに理解させるための構成が光る一冊です。まずは簡単な「ベクトル」から始まり、徐々に、そして着実に「行列」さらに「部分空間」の説明へと向かいます。「数」ではなく「行ベクトル」や「列ベクトル」に注目するストラング教授の工夫に満ちた教え方によって、学生たちはあたかも絵を見るように行列の演算を理解することでしょう。その1つの到達点は、線形代数の核心的な概念である「4つの基本部分空間」の理解にあります。本書第4版では、この概念をより効率よく学べるよう第3版の構成が大きく見直され、新たに挑戦問題も加わりました。とはいえ、第2版までに培われた実績とノウハウ、そしてあまりにも豊富な例題や練習問題は健在です。第7章までが基礎コース、それ以降は応用コースという位置づけですが、第8章だけで相当の数の応用例が示されています。
演習書は数多く出ているのでどれがよいか決めるのほとんど不可能。大学で指定された本や自分の好みやレベルに合わせて買うのがいちばんよいと思う。
僕が大学生の頃に使っていたのは1979年刊行の「詳説演習微分積分学」と1981年刊行の「詳説演習線形代数学」だ。先日格安のものを見つけたので懐かしさが手伝って購入しておいた。どちらも古いロングセラーの本だが、現在でもじゅうぶん通用するので最後に紹介しておいた。
2020年に次の4冊が発売された。これもお勧めである。「加藤文元先生の微分積分・線形代数の教科書とチャート式参考書(数研出版)」という記事をお読みいただきたい。
なお今日紹介した教科書を含め、易しいものから難しいものまで線型代数の教科書一覧と解説はこのページで確認することができる。
大学生のための定期試験対策サイト
http://university.sakuraweb.com/university_genre_list.php
関連記事:
線型代数学(新装版):佐武一郎
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/68045ac328ae84567ee61c91f03bb99e
線型代数[改訂版]: 長谷川浩司
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/2ef742e3bfe4561bea2b6994bc16909c
改訂版 行列とベクトルのはなし: 大村平
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/71c73f4258b48518957d5995d96f81ad
高校数学でわかる線形代数:竹内淳
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/622b94fbf39e086f13185565df9519aa
発売情報: 藤原松三郎の「代数学」「微分積分学」が新装復刊
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/140799e9f304a45fe4d94ec4461ee7ec
大学で学ぶ数学とは(概要編)
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/07137c47d16d95ddde8f5c4cb6f37d55
大学で学ぶ数学とは(実用数学編)
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/975ad3faa2f6fd558b48c76513466945
解析学入門のための教科書談義
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/22c325e49cfd7c721679dbc2896b86a4
ちょっと気になる常微分方程式の本
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/779e59b0996c582373308c0a4facf16f
ブログ執筆のはげみになりますので、1つずつ応援クリックをお願いします。
おっしゃるとおり「忖度」だったのかもしれませんね。
現代ではいかに権威者であってもSNS上で間違いを正す人が多いですし、さらにはバッシングや袋叩きするのが目に余るくらいです。忖度しているのは役人くらいでしょうかねぇ。
齋藤正彦先生はものすごい名門の出なのですね!昭和という時代を各方面で支えてきたばかりです。
警視総監、台湾総督府総務長官等を歴任した斎藤樹の二男。母禎子は司法大臣、鉄道大臣等を歴任した小川平吉の三女。元駐米大使、元外務事務次官斎藤邦彦は実弟。宮澤喜一元首相の従弟。パリ大学理学博士。
長文のコメントをいただき、ありがとうございます。
> 2007年52刷版を買って置いてありますが改訂されていません。
そうでしたか。だとすると見つかった誤植はすべて修正されているはずですね。
> とねさんは事情をご存知ないでしょうか?
残念ながらまったく知りません。
「理系インデックス」とはこのサイトのことですね。現在ある項目がすべてだと思っていたのですが、以前はこれ以外に「本体」があったのですか!
http://rikei-index.blue.coocan.jp/index.html
この「あとがき」には「そこで私は、行列の階数を基本変形によって矛盾なく定義できることを証明し、これによって一次方程式系の理論と解法(掃出し法)の両方を同時に提示することができた。 その後、このやりかたに基礎をおく線形代数の教科書がふえてきたのはまことに喜ばしい。」とあります。「演習」のジョルダン標準形の証明のほうも齋藤先生独自の画期的な方法であるのか、老いぼれ初学者の私には知りようもありません。少し深入りし過ぎたきらいもありますね。
たまたま本が手元にないので、今度見る機会があったら確認してみます。
2014年に刊行された「齋藤正彦線型代数学」ならばともかく、刊行されてから長い年月が経っている「線形代数入門」には誤植があったとしてもごくわずかのはずです。
ちなみにどつぼ様がお持ちの本は第何刷で、何年頃に印刷されたものでしょうか?
定年退職後に学生時代の数学の教科書をじっくり読み直しています。学生時代に単位だけとれればいいやと適当に流してしまって本当は理解できてないのが心残りで始めました。第13刷版を使っています。学生時代より今のほうがじっくり時間が使えるためか、理解できるのが楽しいです。でもやっと第4章§5を読み終えたところです。
ここまでで、誤植とまで言えるかわからないですが、2点理解できないところがあるので、できましたらご指導ください。
1点目 第2章[1.5]p36
「とくにB=Eとして
A=(Ae1 Ae2 …Aen)」とありますが
A=(Ae1 Ae2 …Aen)はA=(Ae1 Ae2 …Aem)ではないでしょうか?
AE=Aから導かれていますが前提ではAは(l,m)型行列でEは単位行列ですから(m,m)型でないと積は成立しません。E=Em=(e1 e2 …em)としなければならないと考えます。
2点目 第4章§1例1P94
「座標系のない空間・・を考える。そこでの矢印・・・A³[A²]とする。Aの二つの」とありますが「A³のふたつの」ではないでしょうか。
この2点については出版社にも問い合わせてみましたが返信はありません。
お久しぶりです。
ストラング線形代数 をお買い求めになったのですか。しかも原書で!頑張ってください。
僕はそこまで手を伸ばせませんので、長谷川先生や佐武先生、齋藤先生の本から入ろうと思っています。
ストラング博士の線形代数が届きました
最新版です
原書
MATLABというソフトの使い方まで入ってますね
ご紹介
感謝感謝です
スマホに切り替えたのですね。
この記事は話題になっている線形代数の教科書の紹介にとどまりましたが、それぞれ読んでレビュー記事も書きたいところです。
スマホやっと慣れて見ることが出来ました
この記事やっと全部読むこと出来ました
数学は楽しい
東京大学出版会のこのシリーズの教科書は、どれも他の出版社の教科書より高度で難しいものがほとんどです。「線型代数入門」と「解析入門1、2」は特にそうですね。ただし「多様体の基礎」は他社の多様体についての教科書とくらべてもいちばんやさしい教科書なのです。
「行列と行列式:佐武一郎」- 1958
をお持ちだったのですか!それはすごい!
たしかに物理でテンソルを学ぶのが前提であるならば、数学のほうで学ばなくてもよいのかもしれませんね。
いやーなつかしい!
大学に入って、これだけは買った。
2次曲面が面白かったし、意外にも仕事で誤差楕円を扱うのに役立った。
テンソルは仕事で使うために「場の古典論」で相対論を勉強した時にマスターしたから、この時やる必要はなくて問題なし。
コメントありがとうございます。取り急ぎ返信させていただきます。
藤原松三郎『代数学(全二巻)』内田老鶴圃
の件、お教えいただきありがとうございました。記事本文に追記しておきました。
線形代数学は、微積分に比べると歴史に関する話題を聞くことが少ない気がしますね。
線型代数の和書は戦前でも、一応
藤原松三郎『代数学(全二巻)』内田老鶴圃
を挙げることが出来る気がします。
今みたいな抽象線形代数学の本とは言い切れませんが、
連立方程式を解くだけでなく、
空間の点と絡めた幾何学的な見方もされているので、
まぁ、線形代数学のエッセンスは含まれてる気がします。
旧仮名遣いの古い本ですが、今でも新品で買えるという、
珍しい(?)本ですね。
個人的には、斎藤先生の『線型代数学入門』が好きですね。
通読もしやすいですし、辞書的にも使いやすいです。
(僕が)数学科の新入生に薦めるとしたら、
斎藤先生の本ですね
(佐武先生の本は難しくて気軽には薦められない)。
あと、この記事の趣旨とは違ってきますが、
松谷 茂樹『線型代数学周遊―応用をめざして』日本評論社
は、(厳密に読もうとすると、必要な仮定が抜けてたり不完全な議論がたくさんありますが)、
様々な分野との繋がりや応用が沢山書いてあって、
読み物として非常に面白い(たぶん他に無い)本で、
おススメですよ。