「エキゾチックな球面: 野口廣」
この本のことは数年前から知っていて、読みたいとずっと思っていた。
だって「7次元の球面は相異なる28通りの微分構造を持つ!」なんていうことを聞いたら「ええっ、それって何?」と思うわけで、そんな不思議で高度なトポロジーの理論が一般向けの本でわかるのだとしたら、読みたくなるのは当然だ。
たとえば2次元の球面というのは普通のボールのような球の表面のことで、1次元の球面とは円周のことだ。トポロジー(位相幾何学)では伸び縮みさせても「同じ(=同相)」とみなすから、回転楕円体の表面や楕円の周(縁)も「球面」である。だから7次元の球面というのは8次元の球の表面のことだ。そのあたりのことは「多次元空間へのお誘い(10):球と球面」で図示しながら説明しておいた。
これらの球面は「なめらか」で、面に接しながら移動する「接平面」の傾きは連続的に変わる。つまり球面は「微分可能」であり、微分可能な球面は「多様体」と呼ばれているものの1つだ。(多様体の厳密な定義はウィキペディアの記事を参照。)
多様体が微分可能であるとはどういうことか、そしてその微分構造についての説明はCatFalconさんのブログの次の記事で美しい図版を使って解説されているので、ぜひお読みいただきたい。
Note16 微分同相(4次元はやっぱり奇妙だった)
http://blogs.yahoo.co.jp/cat_falcon/20260159.html
*ミルナーによる「エキゾチックな球面」の発見
1956年にトポロジストのミルナーが25歳のとき、この「7次元の球面は~」を発表するまでは、何次元であっても球面の微分構造はそれぞれ1つだと当然のように信じられていたから数学界は大騒ぎとなった。微分構造が異なるというのは同じ7次元球面であっても「なめらかさの構造が違う」ということで、直観に反しているからだ。次元が同じ球面ならどの2つをとっても同じ感じで曲がっているというのが常識である。
私たちが知っている普通の微分構造を持つ7次元球面は1つである。これと異なる微分構造を持つ27種類の7次元球面は「エキゾチックな球面(異種球面)」と呼ばれることになった。ミルナーのこの発見を機に「微分トポロジー(微分位相幾何学)」という分野が生まれた。
今から50年以上も前の論文とはいえ当時一流の数学者が発表したものなので、とても一般の人が理解できるようなレベルではないことは容易に想像できる。それがこの本で紹介されているのだ。
*「エキゾチックな球面」という一般書が登場
この本はもともと「エキゾチックな球面」の理論を含めて1960年代のトポロジー(位相幾何学)の最前線とそれを生み出した数学者について、一般向けに臨場感豊かに紹介する本として1969年にダイヤモンド社から発行された。その後絶版となり、うれしいことに文庫版として昨年出版されていたのだ。これは読むしかない!
僕が知りたかったことは次の2つに集約される。
1)完全な「証明」を紹介するのは無理だとしても、そのからくりはちゃんと書かれているのだろうか?
2)そのからくりが書かれているとしても、僕や一般の人が納得できるレベルなのだろうか?それともこの理論は「高嶺の花」なのだろうか?
本は280ページほどあるので読むのに3日かかった。「エキゾチックな球面」についての説明は3分の2ほど読み進んだあたりから18ページに渡って書かれている。ここは特に集中して読んだ。
結果はというと、1)については「Yes」であり、2)についても「Yes」だった。ただし、言っておかなければならないことがある。
7次元の球面に「複数の」微分構造があることまではきちんと説明されているのだが、それが28通りであるということを計算する箇所は計算方法や証明が非常に高度なために省略されているのである。
だから100パーセントの説明ではなく、一般読者向けとして90パーセントの説明だというのが僕の結論だ。それでも十分満足できるではないか!
「一般読者向け」という言い方は誤解を招くかもしれない。この箇所の説明が理解できるためには、少なくとも次の3つのことを理解している必要がある。他にも必要な事項があるが、それは本書で前もって説明されているので心配ない。
1)微分や微分係数の意味についての理解
2)複素数 u=x+yi や複素数平面、複素関数、複素数の四則演算の理解
3)四元数 u=w+xi+yj+zk やその演算の理解(「四元数の計算規則」)
これらについては本書では説明されていないが、ネット上の情報を頼りにすれば何とかなるであろう。
*その説明とは
ネタバレにならない程度に「7次元のエキゾチックな球面」についての説明のポイントを述べておく。
1)2次元の球面を2つに切って1次元の円(つまり円周)を2つ作れるように、7次元球面は4次元球面と3次元球面の直積と考えられ、それを2つに切った切り口は3次元球面と3次元球面の直積になる。
2)それら2つの球面を切り口のところで貼り合わせると再び7次元の「面」を構成できる。(この時点ではそれが球面であるとは確認していない。)
3)貼り合わされてできた7次元の面は1点からの距離が等しい点の集合であることが計算で示されるので、それは7次元の「球面」であることがわかる。
4)ただ、2)における貼り合わせ方は複数通りのパターンが可能であることが代数的に示され、出来上がる7次元球面も複数通りあることがわかる。そしてそれらの球面は1点からの距離が同じなのでトポロジー的には同じ(=同相)である。「複数通りの球面」でてきたこの時点で直観や常識と異なっていることがわかる。
5)それら複数通りの7次元球面は微分構造が異なることが代数的に示される。(具体的な代数計算は省略されている。)
6)複数通りが28通りであることを求めるには「ポントリャーギン数」などを用いた難解な計算が必要になる。(計算方法はこのページを参照)
もう少し数学的な解説をしているページを見つけたので紹介しよう。「統計ソフトR」を使ってプロットした図によるエキゾチックな球面の検証も行なっている。(2018年3月18日に追記)
エキゾチックな球面(ryamadaのコンピュータ・数学メモ)
http://d.hatena.ne.jp/ryamada/20130519/1368943654
ミルナー自身による論文は次のページに公開されている。
Exotic spheres(エキゾチックな球面)
http://www.maths.ed.ac.uk/~aar/exotic.htm
このページの中の次の2つが核心となる論文である。
On manifolds homeomorphic to the 7-sphere, by J.Milnor, Ann. of Math. (2) 64, 399--405 (1956)
7次元球面が複数の微分構造を持つことの証明。
http://www.maths.ed.ac.uk/~aar/papers/exotic.pdf
Number of h-cobordism classes of smooth homotopy n-spheres
一般に球面の次元がnの場合、いくつの微分構造を持つのか算出している論文。
http://oeis.org/A001676
後者の論文によって、次元数をnとしたときn次元球面の微分構造の個数は次のとおりであった。
1次元から6次元までは微分構造が1つなので私たちの常識と一致している。けれども、7次元から18次元では、12次元を除くすべての次元の球面がエキゾチックな球面を持っていることがミルナーによって明らかにされたのだ。
エキゾチックな球面を可視化している動画を見つけたので紹介しておこう。(2018年3月18日に追記)
Visualizing Seven-Manifolds
解説ページはこちら。
Visualizing Seven-Manifolds
https://nilesjohnson.net/seven-manifolds.html
*ドナルドソンによるエキゾチックなR^4空間の発見
今回の話とはまた別の話なのだが、微分幾何学の分野でもうひとつ驚くべき発見がある。私たちに見えているこの世界は4次元時空(時間+3次元空間)であるわけだが、「R?空間(4次元ユークリッド空間)」には他の次元の空間とは異なり無限に多くの微分構造があることが発見されたのだ。これは1982年にドナルドソンという数学者によって証明され数学界を驚かせた。4次元時空を発見したアインシュタインでさえ、このことは思いもつかなかった。(4次元の特殊性)
参考:エキゾチックな4次元時空については「4次元のトポロジー:松本幸夫」の付録に7ページに渡って解説されているほか、専門書として「数理物理への誘い7」に「第3話 リッチフローと4次元異種微分構造」に紹介されている。また英語ではGoogleブックスのこのページでドナルドソンが1982年に発表した論文を部分的に削除された形で読むことができる。(完全な形の論文は「Fields Medallists' Lectures (World Scientific Series in 20th Century Mathematics」」として購入できる。)
超ひも理論では時空は11次元であるとされ、そのうち私たちに見えている4次元を引くと7次元となる。7次元球面の微分構造の個数が28もあるというのは、宇宙の構造と何か関係があるのではなかろうか?と本書の巻末に解説をお書きになった竹内薫さんは述べている。
*野口先生や先生の著書のこと
本書をお書きになった野口廣先生は有名なトポロジストで、このちくま学芸文庫では以下に紹介するように本書のほかにトポロジーの入門書を2冊書かれている。実をいうと本書には『詳細は前著「トポロジーの世界」で説明しておいた。』という記述が随所にある。本書を読む前にお読みになるとよいだろう。(僕は以前ほかのトポロジー入門書を読んでいたのでこれを読まなくても理解できた。)
「エキゾチックな球面」の話は本書のハイライトには違いないが全体のごく一部だ。他の部分では1960年代の革新的なトポロジー理論やトポロジストのことが一般の読者でもわかるように紹介されている。多様体やトポロジーの諸概念を直観的に理解したり、現代数学の世界を十分に堪能できることは間違いない。本文は野口先生ともう一人の先生の対話形式なので読みやすいし、各章は著名なトポロジストの逸話から始まるので読者を自然に引き込むように工夫されている。大まかな内容は以下の目次情報で確認できるようにしておいた。
野口先生の教え方と文章のセンスが素晴らしかったので、僕は他の2冊も読んでみることにした。この2冊は手元にあるが内容が一部かぶっているだけなので両方購入しても全く大丈夫だ。
「トポロジーの世界: 野口廣」
「エキゾチックな球面: 野口廣」
「トポロジー―基礎と方法: 野口廣」
ブログ執筆のはげみになりますので、1つずつ応援クリックをお願いします。
関連ページ:
エキゾチックな超球(高次元球面に関する45年越しの問題が解決したようだ)
http://www.nikkei-science.com/?p=16848
トポロジーの世界: 野口廣
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/bae2cc71e524efff59ce2e11aa41e2c1
トポロジー―基礎と方法: 野口廣
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/800644c256bbf68263b1d87928a43e11
高次元空間の隙間の大きさ
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/4d65a6811aa35998e6246bb57025a974
トポロジーへの誘い―多様体と次元をめぐって:松本幸夫著
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/fc45854ef67aafbff51ce9432bd6184c
増補新版 4次元のトポロジー:松本幸夫
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/286e47e23e3dc4d1c6596d19c78720e5
トポロジー:柔らかい幾何学:瀬山士郎
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/fd2f063cc8cd56690b9a430ad599d511
トポロジー―ループと折れ線の幾何学:瀬山士郎
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/e4eca3ae57f62fa8f37426c9da3f786f
トポロジー万華鏡〈1〉:小竹義朗、瀬山士郎、村上斉
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/456c561f6a72c5663b07c8938d2c3bf9
トポロジー万華鏡〈2〉:玉野研一、深石博夫、根上生也
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/ab8eef8aeb653b554edfeea6731e98ae
トポロジカル宇宙(完全版):根上生也著
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/246a5c64c600c9c12c303231173ee9e2
多次元空間へのお誘い(1):はじめに
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/3c2bacd624695dcad7dd2fa9feadd5bd
「エキゾチックな球面: 野口廣」
はしがき
1.イリノイにて
R.トム氏/S.スメール氏/J.ミルナー氏
2.アルプスの山々
グリンデルヴァルトの大洪水/なめらかな多様体/標高関数/危険地点/ラインの黄金
3.フリースピーチ:ハンドル体の理論
リオデジャネイロの海岸/ハンドル体/ラプラスの魔/最後の金字塔?/トポロジーは.../フリースピーチ
4.バンドル
エンゼルホール/古典群/S^(n-1)~O(n)/O(n-1)/ファイバー・バンドル/特性数
5.トポロジーの魂:コボルディズム
雲の上より/コボルディズム/トム空間
6.古典数学への道
伝統/リーマン面/関数論とトポロジー/多様体/可微分多様体/多様体と古典数学
7.奇跡のトポロジスト:微分トポロジー
天外の声/エキゾチックな球面/三角形分割/予想外の変事/K群/マイクロ対ブロック
8.よき歳月:組み合せトポロジー
クリケット、ポーカー/ポアンカレの予想/吸込みの補題/飛べ孫悟空/一般のトポロジー/蛍の光
9.回路網のトポロジー
数理エンジニア/プリント配線/キルヒホッフ-マクスウェルの法則
10.まばゆい未来のために
堅田数学教育会議
あとがき
文庫版あとがき
解説:トポロジーのエッセンスを皮膚感覚で体験させてくれたこの本に感謝!(竹内薫)
この本のことは数年前から知っていて、読みたいとずっと思っていた。
だって「7次元の球面は相異なる28通りの微分構造を持つ!」なんていうことを聞いたら「ええっ、それって何?」と思うわけで、そんな不思議で高度なトポロジーの理論が一般向けの本でわかるのだとしたら、読みたくなるのは当然だ。
たとえば2次元の球面というのは普通のボールのような球の表面のことで、1次元の球面とは円周のことだ。トポロジー(位相幾何学)では伸び縮みさせても「同じ(=同相)」とみなすから、回転楕円体の表面や楕円の周(縁)も「球面」である。だから7次元の球面というのは8次元の球の表面のことだ。そのあたりのことは「多次元空間へのお誘い(10):球と球面」で図示しながら説明しておいた。
これらの球面は「なめらか」で、面に接しながら移動する「接平面」の傾きは連続的に変わる。つまり球面は「微分可能」であり、微分可能な球面は「多様体」と呼ばれているものの1つだ。(多様体の厳密な定義はウィキペディアの記事を参照。)
多様体が微分可能であるとはどういうことか、そしてその微分構造についての説明はCatFalconさんのブログの次の記事で美しい図版を使って解説されているので、ぜひお読みいただきたい。
Note16 微分同相(4次元はやっぱり奇妙だった)
http://blogs.yahoo.co.jp/cat_falcon/20260159.html
*ミルナーによる「エキゾチックな球面」の発見
1956年にトポロジストのミルナーが25歳のとき、この「7次元の球面は~」を発表するまでは、何次元であっても球面の微分構造はそれぞれ1つだと当然のように信じられていたから数学界は大騒ぎとなった。微分構造が異なるというのは同じ7次元球面であっても「なめらかさの構造が違う」ということで、直観に反しているからだ。次元が同じ球面ならどの2つをとっても同じ感じで曲がっているというのが常識である。
私たちが知っている普通の微分構造を持つ7次元球面は1つである。これと異なる微分構造を持つ27種類の7次元球面は「エキゾチックな球面(異種球面)」と呼ばれることになった。ミルナーのこの発見を機に「微分トポロジー(微分位相幾何学)」という分野が生まれた。
今から50年以上も前の論文とはいえ当時一流の数学者が発表したものなので、とても一般の人が理解できるようなレベルではないことは容易に想像できる。それがこの本で紹介されているのだ。
*「エキゾチックな球面」という一般書が登場
この本はもともと「エキゾチックな球面」の理論を含めて1960年代のトポロジー(位相幾何学)の最前線とそれを生み出した数学者について、一般向けに臨場感豊かに紹介する本として1969年にダイヤモンド社から発行された。その後絶版となり、うれしいことに文庫版として昨年出版されていたのだ。これは読むしかない!
僕が知りたかったことは次の2つに集約される。
1)完全な「証明」を紹介するのは無理だとしても、そのからくりはちゃんと書かれているのだろうか?
2)そのからくりが書かれているとしても、僕や一般の人が納得できるレベルなのだろうか?それともこの理論は「高嶺の花」なのだろうか?
本は280ページほどあるので読むのに3日かかった。「エキゾチックな球面」についての説明は3分の2ほど読み進んだあたりから18ページに渡って書かれている。ここは特に集中して読んだ。
結果はというと、1)については「Yes」であり、2)についても「Yes」だった。ただし、言っておかなければならないことがある。
7次元の球面に「複数の」微分構造があることまではきちんと説明されているのだが、それが28通りであるということを計算する箇所は計算方法や証明が非常に高度なために省略されているのである。
だから100パーセントの説明ではなく、一般読者向けとして90パーセントの説明だというのが僕の結論だ。それでも十分満足できるではないか!
「一般読者向け」という言い方は誤解を招くかもしれない。この箇所の説明が理解できるためには、少なくとも次の3つのことを理解している必要がある。他にも必要な事項があるが、それは本書で前もって説明されているので心配ない。
1)微分や微分係数の意味についての理解
2)複素数 u=x+yi や複素数平面、複素関数、複素数の四則演算の理解
3)四元数 u=w+xi+yj+zk やその演算の理解(「四元数の計算規則」)
これらについては本書では説明されていないが、ネット上の情報を頼りにすれば何とかなるであろう。
*その説明とは
ネタバレにならない程度に「7次元のエキゾチックな球面」についての説明のポイントを述べておく。
1)2次元の球面を2つに切って1次元の円(つまり円周)を2つ作れるように、7次元球面は4次元球面と3次元球面の直積と考えられ、それを2つに切った切り口は3次元球面と3次元球面の直積になる。
2)それら2つの球面を切り口のところで貼り合わせると再び7次元の「面」を構成できる。(この時点ではそれが球面であるとは確認していない。)
3)貼り合わされてできた7次元の面は1点からの距離が等しい点の集合であることが計算で示されるので、それは7次元の「球面」であることがわかる。
4)ただ、2)における貼り合わせ方は複数通りのパターンが可能であることが代数的に示され、出来上がる7次元球面も複数通りあることがわかる。そしてそれらの球面は1点からの距離が同じなのでトポロジー的には同じ(=同相)である。「複数通りの球面」でてきたこの時点で直観や常識と異なっていることがわかる。
5)それら複数通りの7次元球面は微分構造が異なることが代数的に示される。(具体的な代数計算は省略されている。)
6)複数通りが28通りであることを求めるには「ポントリャーギン数」などを用いた難解な計算が必要になる。(計算方法はこのページを参照)
もう少し数学的な解説をしているページを見つけたので紹介しよう。「統計ソフトR」を使ってプロットした図によるエキゾチックな球面の検証も行なっている。(2018年3月18日に追記)
エキゾチックな球面(ryamadaのコンピュータ・数学メモ)
http://d.hatena.ne.jp/ryamada/20130519/1368943654
ミルナー自身による論文は次のページに公開されている。
Exotic spheres(エキゾチックな球面)
http://www.maths.ed.ac.uk/~aar/exotic.htm
このページの中の次の2つが核心となる論文である。
On manifolds homeomorphic to the 7-sphere, by J.Milnor, Ann. of Math. (2) 64, 399--405 (1956)
7次元球面が複数の微分構造を持つことの証明。
http://www.maths.ed.ac.uk/~aar/papers/exotic.pdf
Number of h-cobordism classes of smooth homotopy n-spheres
一般に球面の次元がnの場合、いくつの微分構造を持つのか算出している論文。
http://oeis.org/A001676
後者の論文によって、次元数をnとしたときn次元球面の微分構造の個数は次のとおりであった。
1次元から6次元までは微分構造が1つなので私たちの常識と一致している。けれども、7次元から18次元では、12次元を除くすべての次元の球面がエキゾチックな球面を持っていることがミルナーによって明らかにされたのだ。
エキゾチックな球面を可視化している動画を見つけたので紹介しておこう。(2018年3月18日に追記)
Visualizing Seven-Manifolds
解説ページはこちら。
Visualizing Seven-Manifolds
https://nilesjohnson.net/seven-manifolds.html
*ドナルドソンによるエキゾチックなR^4空間の発見
今回の話とはまた別の話なのだが、微分幾何学の分野でもうひとつ驚くべき発見がある。私たちに見えているこの世界は4次元時空(時間+3次元空間)であるわけだが、「R?空間(4次元ユークリッド空間)」には他の次元の空間とは異なり無限に多くの微分構造があることが発見されたのだ。これは1982年にドナルドソンという数学者によって証明され数学界を驚かせた。4次元時空を発見したアインシュタインでさえ、このことは思いもつかなかった。(4次元の特殊性)
参考:エキゾチックな4次元時空については「4次元のトポロジー:松本幸夫」の付録に7ページに渡って解説されているほか、専門書として「数理物理への誘い7」に「第3話 リッチフローと4次元異種微分構造」に紹介されている。また英語ではGoogleブックスのこのページでドナルドソンが1982年に発表した論文を部分的に削除された形で読むことができる。(完全な形の論文は「Fields Medallists' Lectures (World Scientific Series in 20th Century Mathematics」」として購入できる。)
超ひも理論では時空は11次元であるとされ、そのうち私たちに見えている4次元を引くと7次元となる。7次元球面の微分構造の個数が28もあるというのは、宇宙の構造と何か関係があるのではなかろうか?と本書の巻末に解説をお書きになった竹内薫さんは述べている。
*野口先生や先生の著書のこと
本書をお書きになった野口廣先生は有名なトポロジストで、このちくま学芸文庫では以下に紹介するように本書のほかにトポロジーの入門書を2冊書かれている。実をいうと本書には『詳細は前著「トポロジーの世界」で説明しておいた。』という記述が随所にある。本書を読む前にお読みになるとよいだろう。(僕は以前ほかのトポロジー入門書を読んでいたのでこれを読まなくても理解できた。)
「エキゾチックな球面」の話は本書のハイライトには違いないが全体のごく一部だ。他の部分では1960年代の革新的なトポロジー理論やトポロジストのことが一般の読者でもわかるように紹介されている。多様体やトポロジーの諸概念を直観的に理解したり、現代数学の世界を十分に堪能できることは間違いない。本文は野口先生ともう一人の先生の対話形式なので読みやすいし、各章は著名なトポロジストの逸話から始まるので読者を自然に引き込むように工夫されている。大まかな内容は以下の目次情報で確認できるようにしておいた。
野口先生の教え方と文章のセンスが素晴らしかったので、僕は他の2冊も読んでみることにした。この2冊は手元にあるが内容が一部かぶっているだけなので両方購入しても全く大丈夫だ。
「トポロジーの世界: 野口廣」
「エキゾチックな球面: 野口廣」
「トポロジー―基礎と方法: 野口廣」
ブログ執筆のはげみになりますので、1つずつ応援クリックをお願いします。
関連ページ:
エキゾチックな超球(高次元球面に関する45年越しの問題が解決したようだ)
http://www.nikkei-science.com/?p=16848
トポロジーの世界: 野口廣
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/bae2cc71e524efff59ce2e11aa41e2c1
トポロジー―基礎と方法: 野口廣
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/800644c256bbf68263b1d87928a43e11
高次元空間の隙間の大きさ
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/4d65a6811aa35998e6246bb57025a974
トポロジーへの誘い―多様体と次元をめぐって:松本幸夫著
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/fc45854ef67aafbff51ce9432bd6184c
増補新版 4次元のトポロジー:松本幸夫
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/286e47e23e3dc4d1c6596d19c78720e5
トポロジー:柔らかい幾何学:瀬山士郎
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/fd2f063cc8cd56690b9a430ad599d511
トポロジー―ループと折れ線の幾何学:瀬山士郎
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/e4eca3ae57f62fa8f37426c9da3f786f
トポロジー万華鏡〈1〉:小竹義朗、瀬山士郎、村上斉
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/456c561f6a72c5663b07c8938d2c3bf9
トポロジー万華鏡〈2〉:玉野研一、深石博夫、根上生也
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/ab8eef8aeb653b554edfeea6731e98ae
トポロジカル宇宙(完全版):根上生也著
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/246a5c64c600c9c12c303231173ee9e2
多次元空間へのお誘い(1):はじめに
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/3c2bacd624695dcad7dd2fa9feadd5bd
「エキゾチックな球面: 野口廣」
はしがき
1.イリノイにて
R.トム氏/S.スメール氏/J.ミルナー氏
2.アルプスの山々
グリンデルヴァルトの大洪水/なめらかな多様体/標高関数/危険地点/ラインの黄金
3.フリースピーチ:ハンドル体の理論
リオデジャネイロの海岸/ハンドル体/ラプラスの魔/最後の金字塔?/トポロジーは.../フリースピーチ
4.バンドル
エンゼルホール/古典群/S^(n-1)~O(n)/O(n-1)/ファイバー・バンドル/特性数
5.トポロジーの魂:コボルディズム
雲の上より/コボルディズム/トム空間
6.古典数学への道
伝統/リーマン面/関数論とトポロジー/多様体/可微分多様体/多様体と古典数学
7.奇跡のトポロジスト:微分トポロジー
天外の声/エキゾチックな球面/三角形分割/予想外の変事/K群/マイクロ対ブロック
8.よき歳月:組み合せトポロジー
クリケット、ポーカー/ポアンカレの予想/吸込みの補題/飛べ孫悟空/一般のトポロジー/蛍の光
9.回路網のトポロジー
数理エンジニア/プリント配線/キルヒホッフ-マクスウェルの法則
10.まばゆい未来のために
堅田数学教育会議
あとがき
文庫版あとがき
解説:トポロジーのエッセンスを皮膚感覚で体験させてくれたこの本に感謝!(竹内薫)
1970年代の終わりごろだと思いますが、野口さんのあやとりの本を読んであやとりにはまったことがあります。
著者がトポロジストであることは略歴で分かりましたが、それより世界各国のあやとりを覚えるのに夢中でした。
殆どは忘れてしまったのですが、いくつかは指が覚えています。
中古の本が買えるようなので探してみます。そして動画も撮影できたら楽しいでしょうね。
おはようございます。コメントありがとうございます。
野口先生はあやとりの可愛らしい本もいくつか出しているのを見つけました。271828さんがハマるくらいだから奥の深いものなのでしょうね。
なんだか近いうちにあやとりの動画が271828さんのブログに登場しそうな気がします。催促しているわけではありません。(^v^)
今思いついたのですが、CMなどでハンドモデルをされるような美しい手をした方っていますよね。そういう方に参加していただいてあやとりの本やビデオを大人を対象にオシャレな雰囲気で作ったらウケるのではないかと思いました。
エキゾチック球面関係で検索していてこのページにたどり着きました
(といっても、以前からちょくちょく記事は読ませていただいていましたが)。
野口廣『エキゾチックな球面』には、4次元球面の微分構造が1種類と書いてありましたが、
一方で日経サイエンス2009年10月号の記事や、ミルナーの論文などを眺めると(証明はフォローしてませんが)、4次元球面に関しては微分構造の数はまだわかってない気がするのですが、実際はどうなのでしょうか。
数年前に参加した研究集会でも、未解決みたいなことを誰かが言ってた気がしますし。
Wikipedia(http://en.wikipedia.org/wiki/Exotic_sphere)を見ても、まだ解決されてないと書かれています。
最初は『エキゾチックな球面』が間違えてるのかと思いましたが、最近復刊された『エキゾチックな球面』の文庫版でも、未だに4次元球面の微分構造は1つと書いてあったので、ぼくが何か勘違いしてるのかなと思い、質問させていただきました。
もし何か知っていたら、教えていただけると嬉しいです。
ご指摘いただいた件のことは知りませんでした。ウィキペディアの記事中の
The monoid of smooth structures on spheres in a given dimensionや
4-dimensional exotic spheres and Gluck twists
のところをおっしゃっているのですね。
4次元球面の微分構造が1種類でないことは、比較的最近わかってきたので本書の初版(1969年版)が書かれた時点では微分構造は1種類でした。2010年8月に復刊された文庫版も、初版の記述をそのまま使ったのだのでしょう。
ですのでふくちゃんの勘違いではないと思います。
教えていただき、ありがとうございました。この件の今後の成り行きに注意していたいと思います。
おそらく4次元の普通のPL球面の微分構造が1種類という意味です。
いわゆる通常のエキゾチック球面はPL構造としては同じものです。
(PL多様体というのは、三角形分割可能で、三角形分割による各点の境界が、球面になるものだったかと思います。)
しかし、4次元の場合そもそも、一般の多様体で、そもそも同相だがPL構造が違うものが存在することがわかってきたので(たとえばエキゾチックR^4とか)、球面にもそういう新しいエキゾチックな構造があるんじゃないかという問題が発生したわけです。
なるほど、R^4のほうは同相なのにPL多様体が違うということなのですね。
といいつつも感覚的には理解できないので不思議です。
証明は読んだことありませんが,(Wikiに
「in dimension 4 PL and Diff agree」とあるように)
その事実はおそらく正しいのだと思いますが,
この本(『エキゾチックな球面』のことです)のエキゾチック球面の節の文脈では、その意味で使ってるのでは無いのは明らかだと思います・・・。つまり、エキゾチックな球面というのは「S^nと同相な多様体をDiffeo.で割った同値類の個数」のことだと思います。
また、PLカテゴリー, 位相カテゴリー, 可微分カテゴリーの間のギャップの問題はこの本の後半部分でも大きな問題として取り上げられてるので、そこを著者が意識していなかったとは到底思えないです。PL構造を仮定しているのであれば, そのことを一言注意していたはずだと思います。
まぁ、どういう意味で書いてあるのかは、実際のところは書いた本人で無いとわからないんですけどね。
ところで、このコメントを書くに辺り少し調べたのですが、
多くのエキゾチックな球面は同じPL構造持つんですね。PL構造も微分構造も異なる位相球面のペアってあるんですかね?そういう例があれば、野口先生の表と見比べて、どういう意味で書かれているかわかると思ったのですが。
アドバイスありがとうございました。
> まぁ、どういう意味で書いてあるのかは、実際のところは書いた本人で無いとわからないんですけどね。
おそらく、そういうことになりますね。
>ところで、このコメントを書くに辺り少し調べたのですが、
>多くのエキゾチックな球面は同じPL構造持つんですね。PL構造も微分構造も異なる位相球面のペアってあるんですかね?そういう例があれば、野口先生の表と見比べて、どういう意味で書かれているかわかると思ったのですが。
僕の知識では全く予想がつきません。
話は少しずれてしまいますが、最近ツイッターで次のような発言を見つけました。ご参考までにお伝えしますね。
「Seiberg-Witten方程式をつかって、5次元以上の位相多様体で三角形分割できないものの存在が去年示された。」
論文はここです。
http://arxiv.org/abs/1303.2354
論文の紹介ありがとうございます。
そんな論文があったのですね。
ぼくには読めなさそうな論文ですが、眺めてみます。
松本幸夫先生の『4次元のトポロジー』に、
PL構造を持たない5次元位相多様体を構成が載ってて、
その後に「PL多様体にPL同形にならない位相多様体でもある多面体には位相同形になるだろうか」という問題が未解決問題として挙げられてましたが、これで解決されたということですかね。
簡単に調べた感じ、出版されてる論文では無いみたいなので、真偽の程はわかりませんが
(もっとも、出版されてても、怪しい論文はたくさんあるみたいですけどね)。
前のコメントへの補足ですが、
「多くのエキゾチックな球面は同じPL構造持つんですね。」は
I.M.James "History of Topology" Elsevier
のCapter 16 に載っていたことです。
文献を挙げるのを忘れていました。
「エキゾチックな球面というのは・・・」は
「エキゾチックな球面の個数というのは・・・」
の間違いですね。スミマセン。
> ぼくには読めなさそうな論文ですが、眺めてみます。
この論文を読める人はめったにいませんね。w
もちろん僕も読めません。
結果だけを聞いて「すごいな~」と思うわけです。
> これで解決されたということですかね。
「位相同形になるだろうか」ということについては解決ということになると思います。
前のコメントへの補足とタイプミスの修正ありがとうございました。