とね日記

理数系ネタ、パソコン、フランス語の話が中心。
量子テレポーテーションや超弦理論の理解を目指して勉強を続けています!

位相への30講:志賀浩二著

2010年02月11日 18時12分20秒 | 物理学、数学
位相への30講:志賀浩二著

群論への30講:志賀浩二著」、「集合への30講:志賀浩二著」の次に読んでみたのが「位相への30講:志賀浩二著」である。

志賀先生の「数学30講シリーズ」は大学レベルの数学を(理系の)高校生や社会人にも理解できるほど身近かなものにしてくれる。自分で証明したり問題が解けるようになるわけではないが「(数学の)概念を理解したい」という要望にこれほど応えてくれる本はめずらしい。はしがきにも書いてあるように通勤電車で読める数学書なのだ。読み物風の教科書といった感じである。センス豊かな数学の感性を生き生きと伝えているシリーズだ。

位相については今年はじめに「位相入門 -距離空間と位相空間-: 鈴木晋一著」を読んだが、結果的には「位相への30講:志賀浩二著」のほうがはるかに理解しやすかった。というのも前者は「定理の証明」に重点をおいているので「概念の解説」が相対的に少ないためだ。

位相や位相空間の概念は最初はとらえどころのないものである。それは僕たちが日常的に見慣れているのは目盛のついたX軸、Y軸、Z軸であらわされるユークリッド3次元空間であり、位相空間はそれをはるかに抽象化した空間であるからだ。その間には「距離空間」もあるので日常的な感覚を基点にすると2段階の抽象化が必要になる。つまり以下の図式だ。

ユークリッド空間 ⊂ 距離空間 ⊂ 位相空間

ユークリッド空間から距離空間への一般化は空間の中の2点の間の距離を計算するための関数の一般化である。ユークリッド空間ではピタゴラスの定理の拡張であらわされるように各座標成分の差の2乗和の平方根をとって距離が計算されるが、それを一般化した距離空間というものは次の3条件が成り立っていればどんな空間でも許される。非ユークリッド的な曲がった空間でもよいし、座標軸や座標さえ与えられていなくても2点間の距離さえ定義できればどんな空間でも構わない。

1) d(x,y)≧0 (特に d(x,y)=0 ⇔ x=y)
2つの点の距離は0以上で、もし距離が0ならば2つの点は同一の点である。

2) d(x,y)=d(y,x)
2つの点の距離はどちらから測っても等しい。

3) d(x,z)≦d(x,y)+d(y,z):三角不等式
三角形の頂点をx,y,zとすると上の不等式は常に成り立っている。つまり2辺の長さの和は残りの1辺の長さ以上である。

このような距離空間の上で点列の収束や、点の近傍、開集合、閉集合、閉包など集合論の概念を使って、距離空間の中で成り立つ定理を次々に説明しいていく。集合論というのは平たく言えば点(集合の元)がどのような範囲に含まれているか、含まれていないかとかいうこと。空間の連続性とかもその延長で定義される。

たいていの場合、距離空間で紹介される定理は通常のユークリッド空間でも成り立ち、直観的に理にかなっているので初心者は「当たり前な定理」の羅列に思えてうんざりしてくるのだ。どうして当たり前のことをいちいち証明しなければならないのかと。。。これがこの分野を難しいと感じてしまう理由なのかもしれない。原因は自分自身の怠惰であるにもかかわらずにだ。

けれども志賀先生の本の素晴らしいところは、当たり前に見える定理に対してときどき「反例」や「前提条件を変えた場合に定理が成り立たなくなる例」を具体的に見せてくれる点だ。定理の前提条件を再認識することで読者は一見くどく見える定理やその証明の大切さに気がつき、理解を深めることができるのだ。

距離空間から位相空間に拡張する段階で、空間は集合論(正確に言えば集合族の概念の導入)だけを使って高度に抽象化される。位相空間の定義自体はこのようにシンプルだ。空間から距離や次元の概念さえ取り除いてしまうのだ。このような抽象空間の中でも距離空間のところで説明した近傍や開集合、閉集合、閉包など集合論の概念が成り立っている。距離空間から位相空間への展開もスムーズでわかりやすく書かれている。また、距離の概念を取り去ることで空間は伸縮自在に位相的(トポロジー的)なものとなり、位相幾何学(トポロジー)へと発展していく。

自然にわきあがってくる疑問として、そのように距離という尺度がない位相空間の中では「近い」とか「遠い」という概念がどのように成り立っているのだろうかということがある。そのために導入されるのが「分離公理」と呼ばれているものだ。位相空間に存在する2つの点が分離しているということをT1~T4の4つのレベルで定義する。そのうちT2を満たすものをハウスドルフ空間、T1かつT3を満たすものを正則空間、T1かつT4を満たすものを正規空間と呼んでいる。

この本の最後の2講はきっと読者を魅了するであろう。第28講までは距離空間から位相空間へと抽象化を進めることで、より広い概念を包括する空間論を展開してきたわけだが、連結な位相空間が上記のT4の正規空間の場合、その濃度は実数の濃度と等しくなることが「ウリゾーンの距離化定理」によって証明されるのだ。

つまり正規位相空間に対しては自然に実数値で表される距離を入れることができ距離空間になることがわかったのだ。これは離散的な性質をもつ集合論と連続的な性質をもつ実数のR^∞空間の間にひとつのつながりが見出されたことを意味している。空間の抽象化を進めていった先に「数」の存在が見つかったのだ。

個別の概念の説明の上手さもさることながら、全体がひとつの大きなストーリーになっている。読み進んでいくうちに読者をひきつけ離さないのが、理解を助ける大きな原動力になっていると僕は思った。

関連リンク:Webで勉強してみたい方は以下のページがお勧め。

集合と位相:
http://www.rimath.saitama-u.ac.jp/lab.jp/fsakai/settop.html

位相空間論:
http://markun.cs.shinshu-u.ac.jp/learn/topology/index-j.html

「集合・位相」の教科書でもう1冊紹介するとしたらこの本をお勧めする。大学の授業で使われている定番の教科書だ。

集合・位相入門: 松坂和夫著


「位相」の入門書については、こちらもお勧め。今回紹介した本より少しだけレベルが高く、例題が豊富なのが特徴。

はじめよう位相空間:大田春外
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/98d355dcb790031607d752984929fe3d


今日の記事で紹介した本:

位相への30講:志賀浩二著


目次

第1講:遠さ、近さと数直線
第2講:平面上の距離、点列の収束
第3講:開集合、閉集合
第4講:集積点と実数の連続性
第5講:コンパクト性
第6講:写像と集合演算
第7講:連続性
第8講:連続性と開集合
第9講:部分集合における近さと連結集合
第10講:距離空間へ
第11講:距離空間の例
第12講:距離空間の例(つづき)
第13講:点列の収束、開集合、閉集合
第14講:近傍と閉包
第15講:連続写像
第16講:同相写像
第17講:コンパクトな距離空間
第18講:連結空間
第19講:コーシー列と完備性
第20講:完備な距離空間
第21講:ベールの性質の応用
第22講:完備化
第23講:距離空間から位相空間へ
第24講:位相空間
第25講:位相空間上の連続写像
第26講:位相空間の構成
第27講:コンパクト空間と連結空間
第28講:分離公理
第29講:ウリゾーンの定理
第30講:位相空間から距離空間へ


この記事が気に入った方は下のボタンをひとつづつクリックしてくださいね!このブログのランキングもこれらのサイトで確認できます。
にほんブログ村 科学ブログ 物理学へ人気ブログランキングへ

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 集合への30講:志賀浩二著 | トップ | つかの間の銀メダルかな? (... »

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

物理学、数学」カテゴリの最新記事