とね日記

理数系ネタ、パソコン、フランス語の話が中心。
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統計力学を学ぶ人のために: 芦田正巳著

2008年02月03日 17時01分58秒 | 物理学、数学

このブログでは自分で読んだ物理学関連の本のレビューを「宇宙論プロジェクト」というカテゴリーで一般の読者や理系の大学生向けに紹介しているが、なるべく数式を使わないようにしている。理由は2つあり、1つは文章だけで書くことでなるべく多くの方が読める記事にしたいのと、そしてもう1つは数式を入力するのが面倒だからだ。

数式エディタを使って数式をグラフィックで挿入しながら書くと5~10倍時間がかかり、そのぶん紹介できる本も少なくなってしまう。世の中には数式アレルギーの人がたくさんいる。時間とエネルギーを使って数式を書いても記事を開いたとたんに閉じられてしまうのではあまりにも悲しい。

物理学の分野の中には文章だけで紹介しやすいものとそうでないものがある。相対性理論や量子力学は取り扱う物理現象がさまざまで、図示したり文章にしやすい。電磁気学も扱うテーマがたくさんあるので相対性理論や量子論に負けないくらい記事にできるテーマが豊富だ。時間や空間を扱う物理学はダイナミックで不思議なので物理学を専攻していない一般読者も関心を持つことができるのだ。

それに反して熱力学や統計力学は文章だけで説明するのがとても難しい。理由は2つあり、1つは取り扱う物理現象が単純すぎて面白みに欠けることと、もう1つは数式の変形や展開こそが熱力学や統計力学の主役だからだ。特にこの本で扱う物理モデルは「熱的に平衡なもの、静的な状態」に限定しているから、何も起こっていないように見えるのでつまらない。(延々と続く式展開をながめているだけでも本当はものすごく面白いのだが。)「EMANの物理学」という有名なサイトにしても統計力学にはまだ手がついていない。

熱力学や統計力学を文章で紹介するのは浜崎あゆみの音楽と倖田來未の音楽の違いを文章にするのと同じようにむずかしい。

アインシュタイン選集(1)」で気体の分子運動論について学び、「どうして未来は決まっていないのだろうか?」という疑問を抱いた経緯で今回この「統計力学を学ぶ人のために」という本を読むに至った。ミクロなたくさんの原子や分子の運動の総和がどのようにマクロな物理量を決定していくのかというプロセスを理解したかったからだ。マクロな物理量とは熱力学で勉強するような気体の温度や内部エネルギー、体積、圧力、化学ポテンシャル、エントロピー、いくつかの種類の自由エネルギー、定積比熱、定圧比熱など、気体全体の性質を表している物理量のことだ。

高校の物理や化学では「理想気体の分子運動論」を学習するが、統計力学によってはじめて微視的な分子運動が圧力や温度などの巨視的な物理現象をもたらしていることが理解できるようになる。

どうして未来は決まっていないのだろうか?(その2)」の中で未来を不確定にしている原因は統計力学の中にはないと僕は書いた。それは統計力学はミクロな分子の運動を確率的に取り扱うことによって計算するプロセスであるが、それによって導くのは熱力学で導くのと同様、マクロな気体全体の性質を表す物理量だからだ。統計力学は古典力学だけを前提とする場合と量子力学を前提とする場合があるか、物理量の不確定性原理をベースとする量子力学を前提とした場合であっても、統計力学で導くのは古典的な結果からの「ずれ」であって、未来の不確定性つまり「物理現象の時間的な不確定性」ではないからだ。

量子力学では粒子がフェルミ粒子とボーズ粒子の場合では「パウリの排他律」に従うか従わないかという意味で微粒子としての挙動が異なる。この違いがマクロ的には古典力学による結果からの「ずれ」が異なるという現象の違いとして統計力学によって現実化してくるのだ。量子力学の摩訶不思議な世界が現実の世界に影響を及ぼしていることが数式で確認できるようになる。

この「統計力学を学ぶ人のために」は大学教授である芦田正巳さんが自分の学生に教えている講義ノートをまとめて本にしたものだ。昨年11月に初版が出たばかりの意欲作である。講義ノートであるだけに「教科書」とは異なり、講義でスピーチして説明する内容が文章で読めるのがうれしい。僕のような数学科を卒業した者にとっては、まるで大学で講義を受けているようだ。数式の変形や展開については350ページにわたってうんざりするほど数々の数学的技巧が披露されている。しかし「数式遊び」になっていず、取り扱っている物理モデルとの密接な結びつきが各所で説明しているので読者は迷子にならないよう親切な配慮がなされている。表紙カバーの親しみやすさに反してその中身はかなり濃い。

なお、本書で扱う範囲は熱平衡が保たれている系、粒子間の相互作用が小さくて無視できる系に限定されている。つまり熱力学的に安定した系についての統計力学だ。平衡が保たれていない一般的な場合は、さらに上級の教科書で学ぶ必要がある。

本書で説明している古典論に基づく統計力学のモデルは制約条件によって3つある。どのモデルを使っても理論的には同じ結論が得られるはずだが、現実的には計算ができないモデルもあるので、だんだんと制約のゆるいモデルで計算を進める必要があるからだ。

1)ミクロカノニカルアンサンブル(小正準集合)

微視的な粒子のとりうるすべての状態が同じ確率で起こるという「等重率の原理」に基づき、熱的に平衡状態にある単独で独立な系において、そのそれぞれの状態の実現確率を求める。その状態数密度を考えることからエントロピーを計算し、エントロピーを出発点として他の熱力学的な物理量を順番に計算するというモデルである。しかし、実際の状態数を計算することが難しくて、エントロピーを計算できないことがある。そのような場合に次のカノニカルアンサンブルのモデルで計算する。

2)カノニカルアンサンブル(正準集合)

非常に大きな熱浴に接している系という条件で考えて計算する。つまり熱浴に対してエネルギーの移動が可能で、エネルギーについての条件をはずして考えるモデルだ。(熱浴を含めた全体の系でエネルギーが保存されているという条件)そして微視的状態の状態数密度と分配関数を求め、分配関数からエントロピーやその他の熱力学的な物理量を順番に計算する。しかし、この方法では量子的な条件を加味して計算するときに条件が厳しすぎて計算できない。そのために、次のグランドカノニカルアンサンブルのモデルが必要になる。

3)グランドカノニカルアンサンブル(大正準集合)

熱浴だけでなく非常に大きな粒子源に接している系という条件で考えて計算する。つまりエネルギーの移動も粒子の移動も可能で、系全体でエネルギーと粒子数が保存されていればよいという条件だ。この条件のもとに微視的な状態数密度と大分配関数を求め、大分配関数から自由エネルギーJやエントロピー、その他の熱力学的な物理量を順番に計算する。

*量子力学を考慮に入れた統計力学

第7章と第8章では量子力学の条件を加味した統計力学を理想Fermi気体と理想Bose気体のそれぞれについて計算する。熱平衡な系の中で微粒子が量子的な振動を行っているというモデルにグランドカノニカルアンサンブルの方法を適用し、波動関数の周期的境界条件を考慮して状態密度を計算する。そしてこれらから導かれる熱力学的な物理量が古典論に基づく結果から「ずれている」ことを確認する。理想Bose気体における計算によって「ボーズ=アインシュタイン凝縮」という量子力学的な物理現象がおきる理由を計算で説明できるようになる。

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その他の詳細は以下の目次から本書の内容を汲み取っていただきたい。

目次:統計力学を学ぶ人のために
注意:横並びに記した項目は最下位レベルの項目である。

第1章:巨視的な系について

熱力学、統計力学の位置付け
物理量の大きさが変化すると物理法則も変わる 粒子数が変わると何がおこるか? 熱力学と統計力学の相違

熱平衡状態について
粒子数が少ない場合 粒子数が多い場合 粒子間相互作用の役割 不可逆過程について 熱平衡状態 揺らぎについて

第2章:確率の基礎

確率について
確率論で使われる用語 平均値と分散 連続的な分布の場合

確率分布の例
二項分布 二項分布の連続極限 Gauss分布 Poisson分布 
統計的に独立な多数の確率変数の和

第3章:統計力学の基礎

微視的な状態について(古典論)
微視的な状態とは何か? 微視的状態の数 
微視的な状態について(量子論)
平均について
時間平均 相空間での平均 アンサンブル平均
微視的な量から巨視的な量へ

第4章:ミクロカノニカルアンサンブル(小正準集合)の方法

等重率の原理(等確率の原理)
孤立系でのエントロピーの定義
熱力学でのエントロピーとの関係
熱力学の熱、温度、エントロピー 統計力学の熱、温度、エントロピー(二つの系の熱的接触)

例:古典的理想気体
基本的な熱力学量の計算 結果の吟味 その他の熱力学量 考察について

第5章:カノニカルアンサンブル(正準集合)の方法

熱浴と接している系
確率密度と分配関数
内部エネルギーとエネルギーの揺らぎ
エントロピーと自由エネルギー
もうひとつの導出方法
カノニカルアンサンブルの使い方
例:古典的理想気体

第6章:グランドカノニカルアンサンブルの方法(大正準集合)の方法

熱浴と粒子源に接している系
確率密度と大分配関数
内部エネルギーと粒子数
エントロピーと自由エネルギー
もうひとつの導出方法
グランドカノニカルアンサンブルの使い方
三つのアンサンブルのまとめ

第7章:粒子の統計性

スピンについて
粒子の統計性
粒子を区別できる場合 粒子を区別できない場合

第8章:理想Fermi気体

量子状態について
一粒子状態について N粒子状態について
状態密度
絶対零度での性質
粒子の分布 フェルミエネルギー 絶対零度での熱力学量
有限温度での性質
低温近似(T≪TF)
低温近似の直感的理解
高温近似(T≫TF)
数値計算

第9章:理想Bose気体
Bose粒子について
量子状態について
基礎となる式
絶対零度での性質
有限温度での性質
状態密度 有限温度での粒子数の分布 有限温度での熱力学量 低温相について 高温近似

付録A:数学的な補足
Gauss積分
n次元球の体積と表面積

付録B:特殊関数
Γ関数(ガンマ関数)
Riemannのζ関数(ツェータ関数)
Appellの関数
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