「ことばにできないほどの…」
って、あのショウヘイさんが言っていた。
よく、政治家や会社役員などが
「遺憾」という言葉を用いるけど、
ウクライナ侵攻、ガザ破壊、無差別な殺戮、信頼していた身近な人の裏切り、
全ては『人』の心の中からだ
ことばにしたことで
逆に軽くなってしまうほどの『遺憾』
今、
世界中の人々の、
『遺憾の意』が大きくなっている時代は無いのでは、と思う。
我らは地球生まれ地球育ち』
自由で平凡な毎日を送りたい
そして
自分もみんなも幸福に
という
その思いは大きく、深く、ずっしりと重いのだけど、
あぁ、自分一人ばかり
なんてちっぽけで無力なのだろうと思う。
テレビを見ながら、 あーだこーだと批判の言葉をつぶやく誰かさんと変わらないなぁ〜自分。
空回りしてもなんでも一生懸命な一日一日を…
って、先日の大相撲を思い浮かべながら、踏ん張ることにするー
北国もいよいよ春本番だーーー😀