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「お家にはどっちのほうへ行くの?」
運転手の声に由愛は背もたれの間から顔を出し、「あっちです。おじさん」と人差し指を自分の家の方向に指した。
「ははは、やだなあ、君からしたらもう僕はおじさんか――僕は笹本です。君は?」
笹本の問いに、由愛はごめんなさいと舌をぺろっと出して、「由愛です。藤木由愛」と答えた。
「由愛ちゃんか。かわいい名前だね。あっ、ごめん。名前だけじゃなく由愛ちゃん自身もかわいいよ」
「えへへ、ありがとございます」
由愛は照れた。
小学二年の少女から見ても笹本は胸がときめくようなイケメンだった。その人が自分を悪い奴から守ってくれたのだと思うと今更ながら頬が染まってくる。
おじさんなんて言ってごめんなさい。
由愛の一番好きなのはかっこいい父親だったが、あっさりとその順番が笹本と入れ替わってしまった。