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オ人形サン、欲シイ。
ゼッタイ、ゼッタイ、欲シイ。
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保は人気のない場所を見計らって路上を歩く少女に誘いをかけた。
「きれいなドレスを着たくないかい? あのお姫様のドレスだよ」
少女は屈託なく笑って「着たい」と言ってついて来た。
保はやっと自分の人形を手に入れることに成功した。
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由愛は自分に危険が迫っていると感じスピードを上げたが、さっきのように速く走れなかった。
住宅地ならどこかの家に飛び込めば家人が助けてくれるだろうが、運の悪いことに由愛がいた場所は駐車場や倉庫ばかりの場所だった。この道は保護者会でも安全面で問題があると母親が話しているのを聞いたことがあり、通ってはいけないと言われていたのを今頃になって思いだした。
角を曲がった由愛はハザードランプを付けて駐車している車を見つけた。『こどもひゃくとおばん』のステッカーが目に入った。運転席に人の影が見える。
やった。助かった。
由愛は運転席の窓をどんどん叩いた。書類を見ていた男が顔を上げる。
「助けてください」
由愛は大きな声で叫んだ。
「どうしたの?」
窓ガラスを下ろして運転手が訊いた。
「へんな人に、追いかけられているんです」
由愛は息を切らして後ろを振り向いた。
追いかけてきた男は立ち止まってこちらの様子を見ている。
運転手が扉を開けて降りてくれた。
「おいっ」
その声を聞いて男は植込みに身を潜ませた。
「ここにいるんだよ」
由愛の肩をぽんぽんと叩くと運転手が男に向かって走った。今度は逆に男が逃げる番だった。植え込みから飛び出すともと来た道を一目散に逃げた。
由愛はほっと胸をなでおろした。
「逃げ足が速いな」
運転手はネクタイを緩めながら戻ってきた。
「大丈夫? 警察に電話しなくていいかい?」
「いいです。帰ってお母さんに相談します」
「そう。あいつがまた来るといけないから送ってあげようか。お兄さんもう仕事終わって帰るところだから」
由愛はしばらく考えて、「えっとぉ、お願いします」と遠慮気味に答えた。そんなことまでしてもらっては悪いととっさに思ったが、男に腕をつかまれた瞬間を思い出して恐怖が蘇ったのだ。
「じゃ後ろに乗って」
運転手はドアを開けた。由愛はぺこりとお辞儀をしてから後部座席に乗り込んだ。
製薬会社の名前が書かれた白い車はゆっくりと発進した。