ー東京はええじゃろうなあ。
浩は優しく純子に声を掛けた。白い歯が少し覗いている浩の横顔が、純子は大好きだ。
浩の表情に寂しさを感じとった純子は、とっさに言葉を重ねた。
ー新幹線があるけん、近い近い。
小さな漁船を舫ったロープが、浜にいく筋も見える。話し込んでいるうちに、辺りはすっかり薄暗くなった。
古い港の対岸の輪郭が霞んでいく。
ー純ちゃん・・・
浩は港へ戻る漁船から視線をそらさずに呟いた。言葉が続かない自分が、もどかしかった。
ーわたし浩君の事、好きじゃけんね。
足の下で小石が鳴った。浩は純子の甘い香りを感じながら、腕に力を込めた。甘い香りが目の前まで近づき、冷たい夜風が彼女の髪を揺らせた。
東京へ出た純子とは急速に疎遠になり、地元で就職した浩は車に夢中になった。
最後の春休みに見た鞆の夕暮れは、浩の瞼に今も焼き付いている。