日本書紀 巻第十五 弘計天皇 九
・曲水宴
・天皇の大泊瀬天皇陵を破壊しようと思う
二年春三月上巳(かみのみのひ)、
後苑(みその)に幸して、
曲水宴(めぐりみずのとよあかり)が
ありました。
この時、
よろこんで
公卿、大夫、臣、連、国造、伴造を集め、
宴をしました。
群臣はしきりに万歳を称えました。
秋八月一日、
天皇が、
皇太子・億計(おけ)に語って、
「吾の父・先王は、
罪はないのに、
大泊瀬天皇(おおはつせのすめらみこと)が
射殺し、
骨を郊野に棄てた。
今に至るまで、
獲ることができずにいる。
憤り、嘆きに懐が満ちている。
臥して泣き、
行きながら大声をだし、
仇と讎(あだ)を
雪(きよ)めたいと思っている。
吾は聞いている。
父の讎(あだ)とは共に天を戴かず、
兄弟の讎には兵(つわもの)をそなえ、
友の讎とは同じ国におらず、と。
いやしい人の子でも、
父母の讎が居れば、
苫(とま)のむしろに
干(たて)を枕にして寝て、
どこへも仕えず、
国を共にせず、
諸々の市朝(しちょう)で遭うと、
反せずとも兵(つわもの)で
すぐさま闘った。
まして吾は天子に立って、
今、二年。
願わくは、
その陵を壊して、
骨を摧(くだ)き、
投げ散らかしたい。
今ここをもって、
報いるのも、
また孝ではないか」
といいました。
皇太子・億計は、
歔欷(きょき)し、
答えることが出来ませんでした。
諫めて、
「いけません。
大泊瀬天皇は万機(ばんき)を正統し、
天下に臨み照らしました。
華(みやこ)、夷(ひな)が、
よろこび仰いだのは、
天皇の身です。
吾の父・先王は、
天皇の子といえども、
迍邅(なやましき)に遭い、
天位に登りませんでした。
それによって、
観(み)ると、
尊卑はおのずと別です。
それなのに忍んで、
陵墓を壊したなら、
誰を人主(きみ)として
天の霊を奉じるのでしょうか。
その壊してはならぬ一つです。
また天皇と億計とは、
かつて白髪天皇(しらかのすめらみこと)の
厚い寵(いつく)しみと、
きわだつ恩に遇わなかったら、
どうして宝位に臨めたでしょうか。
大泊瀬天皇は、
白髪天皇の父です。
億計は、
諸々の賢老に聞きました。
賢老がいうには、
『言わずとして詶(のろい)なし。
徳無とは、報いなし。
恩ありて報いなしとは、
俗を敗する深い者であると』と、
陛下は国を饗(う)けて、
徳行は広く天下に聞こえています。
それなのに、
陵を壊し、
ひるがえって華裔(かえい)に見せたなら、
億計が恐れるのは、
それによって国の君として臨んで、
民をやしなうべきではないということ。
壊してはならない二です」
といいました。
天皇は
「善哉(よきかな)」
といい、
役をやめさせました。
・讎(あだ)
むくいる。仕返しをする。かたき
・市朝(しちょう)
1・市井と宮中2・市中、巷間(こうかん)
・歔欷(きょき)
すすり泣くこと
・万機(ばんき)
もろもろの重要な政務。特に、天皇の政務。天下の政治
・夷(ひな)
ここでは地方
・迍邅(なやましき)
苦難
(感想)
顕宗天皇2年3月上巳(かみのみのひ)、
後苑(みその)に行幸して、
曲水宴をしました。
この時、よろこんで
公卿、大夫、臣、連、国造、伴造を集め、
宴会をしました。
群臣はしきりに万歳を称えました。
秋8月1日、
天皇が、皇太子・億計(おけ)に語って、
「我々の父・先王は、
罪はないのに、
大泊瀬天皇に射殺され、
骨を郊野に棄てられた。
今に至るまで、
遺骨をえることができずにいる。
憤り、嘆きで胸がいっぱいだ。
臥して泣き、
歩きながら慟哭し、
仇と讎(あだ)をきよめたいと思っている。
吾は聞いている。
父の仇とは共に天を戴かず、
兄弟の仇には武器を備え、
友の仇とは同じ国におらず、と。
卑しい人の子でも、
父母の仇が居れば、
苫(とま)のむしろに盾を枕にして寝て、
どこへも仕えず、
国を共にせず、
諸々の市井と宮中で遭うと、
武器をとりに帰らずとも、
すぐさま闘った。
まして吾は天子に立って、
今、二年。
願わくは、
その大泊瀬天皇の陵を破壊して、
骨を摧(くだ)き、
投げ散らかしたい。
今ここに、
報いるのも、
また孝行ではないか!」
といいました。
イヤイヤ、
どんな悪人でも
死んだら仏さんですよ。
墓を掘っくり返して、
遺骨に害を与えても
何にもならんですよ。
しかし、
この時代には、
このような考え方が
あったのですね。
皇太子・億計は、
すすり泣きし、
答えることが出来ませんでした。
しばらくして諫めて、
「いけません。
大泊瀬天皇は天皇の政務を正統し、
天下に臨み照らしました。
都、地方が、
よろこんで仰いだのは、
天皇の身分です。
我々の父・先王は、
天皇の子といえども、
苦難に遭い、
天位に登りませんでした。
それによって、
観(み)ると、
尊卑はおのずと別です。
それなのに忍んで、
陵墓を壊したなら、
誰を君主として天の霊に仕えるのでしょうか。
その壊してはならぬ、
理由の一つです。
また天皇を億計とは、
かつて白髪天皇の厚い寵愛と、
きわだつ恩に遇わなかったら、
どうして宝位に臨めたでしょうか?
いや、臨めなかったことでしょう。
大泊瀬天皇は、
白髪天皇の父です。
億計は、
諸々の賢老に聞きました。
賢老がいうには、
『言わなければ、呪いなない。
徳が無ければ、報いはない。
恩があるのに報いなければ、
俗を破る深い者であると』と、
陛下は国をうけて、
徳行は広く天下に聞こえています。
それなのに、
陵を壊し、
ひるがえって中央と辺地の者たちに
見せたなら…
億計が恐れるのは、
そのような行為をして
国君として臨(のぞむ)ものは、
民を養うべきではない。
壊してはならない、
理由の二です」
といいました。
天皇は、
「善哉(よきかな)」
といい、
壊すための労役をやめさせました。
兄ちゃんが道徳心がある人で良かったです。
一緒になって墓を壊す者だったら、
人民の心は、
離れていったことでしょう。
明日に続きます。
読んで頂き
ありがとうございました。
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